「この気持ちを成熟させて」 ほし

12月22日

 たった今、ギター教室の発表会の演奏を聞かせてもらいました。
 演奏されたのは、『奇跡の山』という曲名で、NHKの富士山を題材としたドキュメンタリー番組にも使われた曲で、とても、情緒があり、風情が思い浮かぶような曲でした。
 聞いていると、富士山の雪、絶壁、険しい道だけれど、凛としていて清らかである、そんな富士山の姿が思い浮かびました。
 遠くから見て、青々した正々堂々とした、そんな富士の山の姿が思い浮かびました。
 富士の山の木漏れ日、鳥のさえずり、川の流れの水音、そんな花鳥風月を連想させられるような、自然の情景が思い浮かびました。
 穏やかだけれど、強い芯がある。富士山を人で例えると、そんな気がしました。
 お父さんが言われていたように、富士山は、透明な、精神性の高い山で、そんな情景が存分に伝わってくるような曲だったと思います。

 私も、最近になってギター教室に通わせてもらうようになって、みんなが練習しているのを、横耳で聞いてはいましたが、今日、改めて、聞かせてもらって、曲の情緒を感じさせてもらったり、みんなが練習してきた過程が感じ取られました。
 お母さんやお父さんが、「ギターのギの字も分からなかった子が、ここまで弾けるようになる」というお話をされていて、なんだか、ギターを演奏しているみんなが、愛おしく、尊く感じました。
 そんなみんなと、同じ仲間としていられることを、誇りに思いました。
 聞かせてもらえて、嬉しかったです。

 また、雪だるまのマシュマロが乗ったココアを、ギターの発表会に出たみんなが用意してくれていて、とても、甘くて、温かくて、まるで、その場の空気が味になったようでした。
 雪だるまの絵は、ギターのみんなで描いたものだと聞いて、その光景を思い浮かべて、幸せな温かい気持ちになりました。
 とても、嬉しかったです。

 今日は、何だか疲れてしまって、悲しいような寂しいような、涙が溢れ出てきました。
 でも、その涙は、全く雑味のない綺麗な涙でした。
 ちょっと感傷的な気分になって、私は、どれだけ、みんなの優しさに支えられているか、その優しさが、どれだけ大きなものか、今日になって実感しました。
 窓からのぞく月が、明るくて、優しく微笑んで、包み込まれているような気がしました。

 優しくしてもらったな、と思ったとき、ふと思い出したのが、のりよちゃんの姿です。
 のりよちゃんは、どんなときでも、明るくて、笑顔で、その場の空気を、明るく包んでくれます。
 私は、どれだけ引っ張っていってもらって、助けられたか分かりません。
 どれだけ落ち込んだ時も、のりよちゃんは、明るい笑顔を向けてくれて、ひっぱっていってくれました。
 私が来たばかりの頃から、たくさん、たくさん、助けてもらっています。
 のりよちゃんは、本当に、みんなのことが大好きで、誰に対しても、同じ仲間として、大好きな気持ちを向けてくれます。
 そんなのりよちゃんが、温かくて、優しくて、大好きです。
 のりよちゃんの笑顔を見られるだけで、とても、幸せな、嬉しい気持ちになれます。
 今、隣でえつこちゃんが、日記を書いているだけで、幸せな気持ちになる、と話してくれて、えつこちゃんといられることが、本当に嬉しいな、と強く感じます。
 一緒に、トロンボーンアンサンブルをさせてもらって、ぐっと距離が近づいたような気がします。
 失礼かもしれませんが、2人とも、自分と似ているような、そんな気がします。
 笑顔で明るくいることが、何よりも優しいんだな、と思います。
 楽しかったり、嬉しかったり、大変だったりで、疲れて、心が脆くなっているのか、涙もろいです。

 全然、関係のない話になってしまいますが、お父さんが、集合で、MISIAさんのお話をされていて、気になって、Youtubeで『everything』を聞いてみて、今の私の心境とぴったり重なるようで、涙が出ました。

 私は、読書をするのは少し苦手だけれど、音楽を聴くのは上手くできるような気がするな、と思いました。
 音楽を聴くたびに、色んな感情で、胸がいっぱいになるような感覚があります。
 今の感情にあった曲を聞くと、今、自分が一番何を感じているのか、ずっと漠然とあった感情に気づかせてもらいます。漠然とした感情がはっきりとして、成熟するような感覚があります。

 今まで、私は、楽しいとか、嬉しいとか、感じるたびに、失ってしまう怖さが、莫大にあることに気が付きました。
 自分が、何かへまを起こしてしまったら、全部壊れてしまう、そこから、慎重になりすぎて、ずっと緊張状態が続いていました。
 だから、失敗してしまったり、間違いや出来てないところを指摘されたりすると、極度に、正気を失ってしまうような状態に陥りました。
 今も、全く悪気はなくとも、自分の認識力の低さや、被害感情から来る言動で、人を傷つけてしまったかもしれないと、思い返して、怖くなってしまうときがあります。自分の失敗を思い出すたびに、怖くなって、心配な状態が続いていってしまいます。
 悪気は全くなくても無意識に人を傷つけて、信頼を失って、離れていってしまうのではないか、そんな怖さです。
 また、上手く人とのかかわりに入れないことに、そこから、みんなと距離ができて、離れていってしまうのではないか、という怖さもあります。
 私は、最初から、自分の感情も絶ってしまう癖があることに気が付きました。
 みんなの優しさを受け入れる怖さも、もちろんあります。
 けど、私のどれだけ悪い癖が出ても、お父さん、お母さん、みんなは、私のいいところを見て、家族として、仲間として、好きでいてくれます。
 それも、自分だけじゃなくて、みんなお互い様で、許し合って、良い部分を見合って、一緒に、過ごしています。みんな、家族で仲間です。誰一人外れることなく、一人、一人の存在が、支えで、尊いです。
 失う怖さを感じる必要は、全くないのだと、ようやく気づくことが出来ました。お父さんがお話されていたように、気持ちを紛らわせたりせず、怖さに突進して、撃退して、この気持ちを成熟させていきたいです。もっと、なのはなの子になりたいです。
 みんなと深くなりたいです。

 今日もありがとうございました。おやすみなさい。