「自分の枠から出るもの」 ゆきな

12月20日

 日曜日のことなのですが、その日は、なのはなにとってのクリスマスのような特別な日でした。

 お昼はハンバーガーやピザ、オシャレなサラダなど特別なメニューでした。配膳をしていてなんだか誇らしくなってきました。熱々なものを、とギリギリまで温かいものを用意してくれたり、美しく見えるように配膳を考えたり、配膳の賑やかな空気がクリスマスの温かさで会の前だけれども満たされました。
 
 そして、なのはなのど自慢大会第1回目が始まりました。
 13組のなのはなバンドが結成され、練習時間にはいつも音だけがいろんな所から聞こえてきて聞けることが楽しみでした。
 
 お父さんが作詞した歌詞で曲を作ったバンドは、自分も共感できて、そのチームが作った曲だけれども自分たちの曲でもあるように思いました。
 さくらちゃんチームの、『脱いで』。脱いで脱いで、新しい本来のあるべき自分に変わっていく3人のキラキラとした瞳や表情が奇麗でした。脱いでしまったら寒くなってしまうけど、何も無くなってしまうのではないかと私も思うけど、暖かいんだという言葉に、なのはなという強い存在があるから何も無くなることなんて無いのだと思います。むしろ、あったかい、という言葉がぴったりに思いました。可愛らし曲調や言葉をときどき口ずさんでしまいます。

 ゆいちゃんは、はっきりとした言葉で堂々としていて、格好良かったです。
 変わっていく。依存を手放す。新曲でゆいちゃんの決意を感じました。ゆいちゃんの決意でもあり、私たちの決意のように思いました。
 
『バード・セット・フリー』
 ボーカルとサブボーカルのハーモニーが奇麗に重なり合って、どこまでも力強く走れそうに思いました。私もさきちゃんの姿が印象的でした。心から歌って叫んでいるように思いました。何も囚われないで、精一杯歌い、生きていく姿に心打たれて、今もその姿が格好いいです。

 新しく楽器を演奏する人や、ボーカルをする人。たった1か月ほどなのに形を作り、粘り強く練習してここまで辿り着くみんなが本当に凄い、と思いました。そして、私も毎日、楽しく・前向きに表現することを楽しんでいくみんなに私も押してもらったと思います。1回だけ、なんて勿体ない。そんな気持ちで一杯でした。

 最後の曲。ゆりかちゃんチームの曲は、自分の枠からはみ出すものがたくさんあって、聞いていてスカッとするというか気持ちが良い意味で爆発しそうなぐらいゾワゾワして救ってもらったような気がしました。
 衣装が赤と青のスパンコールやスパッツやドラム缶もあって、奇抜で新鮮でした。歌を聞いたとき、メンバーが声をかえたり、ドラム缶を叩いたり、心の底から叫んだり、今までの価値観を飛び越えてしまいそうなぐらい力強くて、涙がボロボロ出てきました。言葉では言えなかった思いや叫びを全部、激しくみんなが曲として出してくれて、自分の中身を浄化させてもらったように思いました。涙が出るのに、叫んでいるみんなの真剣で楽しそうで新しい決意を感じる叫び声に笑えてきました。不思議だけれども、情熱的で、魅力溢れる曲で好きだな、と思いました。1人ひとりが輝いて生き生きしていました。みんなが言っていたように、わたしも一緒に歌いたくなりました。

 クリスマス会を終えてからも、満たされた気持ちでした。バンドには出なかったけれども、みんなの姿を借りて私も応援席から表現させてもらったような思いでした。みんなにありがとうございますと言いたいです。

 みんなを見ていたら、私も表現したくなったし、曲を作ったり、演奏する楽しさ・喜びを改めて感じました。それもみんなの姿・力があったからだと思います。丁度、紅白歌合戦の準備も始まって、新しく作れることが楽しみです。

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 たかこちゃんが1週間いてくれて、嬉しかったです。自然にみんなに溶け込んでいて、当番もしていて、ずっと一緒に過ごしていたように思いました。帰るときに何も言えなかったけれども、たかこちゃんが帰ってきたときの何も変わらない(なのはなの)雰囲気を感じたら、どこへ行ったって繋がっているのだと改めて感じました。私もそうありたいです。行ってらっしゃい。