「一人の人間としてよく生きること」 ななほ

12月18日 金曜日 

 12月も中旬となり、鋭い寒さと柔らかい寒さを程よく感じています。ここ最近は、朝食の時間が9時なので朝にギターやバンドの練習ができたり、写真集めや読書もできて、心も身体もホッと一息ついて、整理されたように感じます。自分でやる事を増やしているにもかかわらず、私には多少のゆとりが必要なんだろうなと思って、甘えすぎず厳しすぎず、無理のない程度に自分の精いっぱいで生きるということを心がけたいなと思いました。

  今は宮本輝さんの『優駿』を読ませて頂いて、昨日は上巻の半分から始まったのですが、空き時間に少しずつ読み進めて行く内に、上巻が読み終わり、下巻も150ページを超えた所です。宮本輝さんの世界に入らせて頂くと、木々や生き物などの自然の豊かさ、鮮やかさが全て、美しく共感できます。人と人との会話、生きていることの喜びと悲しみ、心の葛藤や理不尽な事への納得のいかなさ、色々な部分で共感できてとても素敵だなと思います。

  話は違いますが、勇志国際高等学校のレポートでボランティアの視聴覚があったのですが、和の文化について学習して、今は日本でも競争社会、我欲の文化もあるけれど、お父さんが以前話して下さったように、江戸時代とかついこの間までの日本は、もっと豊かで利他心の気持ちが文化としてあったのだろうなと思いました。
  確かに、日本には礼儀とか、挨拶とかお礼とか、儀礼的な利他心の文化、相手に感謝の気持ちを示す文化があるかもしれないけれど、普段生活していたら、当たり前のことが当たり前にできていない場面も多いんじゃないかなと思いました。目の前の人にただ優しくするのではなく、見返りを求めずに、1人の人間としてよく生きること。何かをしたからいい人ではなく、人間として尊いと思ってもらえるような、モラルの高い人になりたいと思いました。

 ・目の前の人と協力して 

 今朝はこの冬1番の寒さのように感じて、雪は降っていなかったのですが、外が凍りついていました。畑の土もキラキラ光り、こんな世界に生きられて幸せだなと思いました。午前中は音楽祭のチームのみんなと合わせや気持ちを揃えたりして、自分達は何を伝えたいか、どんな気持ちなのか、みんなと共通認識して、同じ気持ちで向かっていけるのが嬉しいです。あゆちゃんに少し相談させて頂いて、「仮面をかぶるのには、メリットとデメリットがあると思う。もし、表情が作れるのなら、仮面を着けない方がいいんじゃないかな」と教えて頂き、音楽に自分の全てが出る、全てをさらけ出しても恥ずかしくないような気持ち、表情を作ろうと思いました。

  午後はレタスの収穫や嫁入り作業をなおとさん、なつきちゃん達とした後、衣装考案の時間があり、30分という時間が不思議なくらいに早く進んで、「あ、時計さん。少しの間、休憩して!」と言いたくなってしまったのですが、なつみちゃんやりなちゃんが事前に考えていてくれたこともあり、無事に衣装が決まって良かったです。月光のイメージが黒、白、紺だったので、少し地味すぎるかもしれないのですが、私たちのチームはいつもカラフルなので、偶には大人っぽい雰囲気も味わうという気持ちで行こうと思いました。 

 夜の集合のお父さんのお話を聞いて、何度もお話してくださっている事ですが、本当の利他心は目の前の人の為に力を尽くして、目の前の人を助けるだけではなく、目の前の人と協力してまだ見ぬ誰かの希望になる、助けになることだという話が嬉しかったです。
 また、私はなのはなに来たばかりの時から、「私はちゃんと傷ついてきたのだろうか?」「私は、色々な事から逃げて、見ないようにして、泣いてきたから、浅くて弱いんだ」と思っていて、自覚もあるので、もっと深い所で物事を見て、考えて、共感できるように、自分の魂を磨き続けたいと思いました。

  なのはなにいたらあまり考えることも無いけれど、きっと外に出たら外の価値観、モラルの低さがすぐそばにあると思うので、いくら周りが振り回されていても、私は振り回されないなのはなの子としてもプライドを持っていたいし、よく生きたい、ちゃんとしたいという気持ちを忘れないでいたいと思いました。正義が何か、完璧が何か、本当の正義も完璧も存在しないとしたら、誰が見ていても誰に見られても恥ずかしくない行動や言動をしたいし、正しい事をしていたら神様へ清い魂をお返しすることができると信じて、逃げずに前を見て生きていきたいと思いました。
  なつみちゃんとみつきちゃんの日記のお話も嬉しくて、今日のなのはなの編集や山小屋だより、毎日の日記でも、常に第三者に伝わるような、希望になるような、救いになるような文章や写真を届けられるように、自分を高めていきます。