「パンで包んで」 ゆい

12月14日

 今日はたかこちゃんが帰ってきてくれました。一緒にお風呂にはいって背中を流して、湯船にゆっくりつかることができ、とても嬉しかったです。たかこちゃんが、夜の集合の時のお父さんお母さんの歌をきいたら、一瞬でなのはなにいた時に戻ったよと話してくれました。お父さんお母さんの歌をリビングでみんなできいていたら、どこまでも自分は受け入れてもらっている、帰る場所がある、そんな風に感じられると私は思います。

 私はときどき、ふっと寒いような気がしたとき、みんなでお父さんお母さんの歌をぎゅうぎゅうに集まってみんなできいているようなイメージをすると、一気に気持ちが緩んで、そうだ、大丈夫だと思います。たかこちゃんが一気に時間を巻き戻したように、なのはなの中に馴染むのも、それと同じような安心感なのじゃないかな、と思いました。

 さて、日中は何をしたかといいますと、午前中に岩見田へ、タマネギの手入れにいきました。ピンっ。そんな感じになっています。防除もしたので効果があり、これから期待できそうです。定植後2週間ということで、追肥をしましたが、株の大きさ的には、ちょっとはやめかなという気もします。
 みんなでスピーディに進めることができました。前半、私はしほちゃんとペアで作業していたのですが、もしもタマネギ手入れ選手権なるものがあったとしたら、かなりいい線いくだろうと思いました。
 作業はきりよく終えられ、みんなで帰ってきたらちょうど良い時間でした。慌てず、しかし、ゆとりがありすぎず時間を使う、そんな午前中が良かったです。

 午後は、一番にお父さん、あゆちゃん、まえちゃんにクリスマス会用の演奏をきいてもらい、音調整とアドバイスをしてもらいました。
 お父さんとまえちゃんには、この前の夜の発表のときに聞いてもらえなかったオリジナル曲をきいてもらいたいと思って、最初に歌いました。
 それからお父さんが作詞してくださった曲。フラメンコギターで伴奏をつけていて、まだ、ひとまずできたという段階のため、つっかえながらだったけれど、どんな感じか演奏できてよかったです。

 お父さんが私の曲を、あんパンに例えてアドバイスをくださいました。あんパン? と思うかも知れませんが、とてもわかりやすいです。つまり、あんこが詰まりすぎている曲、すなわち、サビらしいメロディをつめすぎて落ち着かなくなっているとか、反対に、言葉をつめすぎて皮だけのようだ、という具合です。
 早速、ギターを弾きながら、お父さんが作ってくださった詞を少し調整したのですが、はっきりいって、お父さんが作ってくださった言葉を、一字も変えたくなかったです。勿体なくて、削りたくなかったです。語順を変えたくなかったです。
 メロディも変えながら、できる限り最小限の変化に留めたつもりですが、多分、ちょっと聞きやすくなったはずです。

 そして、ピアノ伴奏のほうの曲ですが……。お父さん、すみません! 私、あの曲はあのかたちであたまに入ってしまって、かえられそうにありません!
 もう、『あんこだけのあんパン(もはやそれはあんパンではない)』でもいっか、なんて思ってしまいました。駄目でしょうか。
 いやしかし、まだ手をつけてないので、ひとまず明日以降、あんこを減らして、パンの部分で包んで、安心して聞ける感じになるよう、トライしてみます。

○何か書き忘れたと思っていたら
 今日は書きたいことがあったはずなのに、何だったかなと思っていたら、今思い出しました。ハウスミーティングと夜の集合でのお話についてです。
 自分が評価されたり、人が厳しく評価されているのをきくと怖くなる、というのは、自信がないからだとお父さんがおっしゃいました。
 とても腑に落ちるものがありました。
 今回、お父さんが作って下さった歌詞にもあったのですが、奪われたもの、折られてきたもの、自分の中の空っぽ具合、それはこの自信のなさのこともいっていると思いました。

 自信があるような気がする、それは条件付きでした。何ができるから自信をもっているとか、そうじゃなくて、何の条件もなくても、誰になんと評価されても、踏み込まれない本当の自信、プライドがあるべきで、それを自分はもてていないと。だから怖かったのだと思いました。
 人の上に立たないとまずい気がするとか、競争する気持ちに焦るとか、そういうのも全部、その自信のなさを埋めるためのものなのじゃないかと思いました。あっていますか。
 
 人としてもつべきプライド、自信を、私は完全に打ち砕かれてきたというか、もはや最初からもつ隙がなかったのではないかと思いました。
 私はこれを、何かの代理で埋めるのではなくて、何もなくても、ちゃんと埋めるのだと思いました。そのためになのはなにいて、今の私は、小さな核でも私でできている。
 お父さんがつくって下さった詞を歌うことで自分を作って行く過程を、私は今、握りしめているのですが、なにかたくさんのヒントがあるような気がして、良い意味でそわそわしています。