【12月号④】「粘り強く、そして自分を信じて ―― 日商簿記二級の試験 ――」 なおと

 日商簿記二級の試験が終わった。振り返ってみて、試験、そしてそれに至るまでの過程は私にとってこの上ない特別な経験になったように思う。今後の人生を生きる上での様々な教訓や自信を得られたのは間違いない。

 十月の上旬頃だったろうか、正確な日付はわからないが、二級の試験を十一月十五日に受験することに決まったとあゆみちゃんから知らされた。私は耳を疑った。簿記部八期生全員が何の冗談かと思ったはずだ。試験は二月であると信じ切っていた。なんせ、まだテキストを修了してすらいないのだ。まず、その未学習の部分の授業を受ける必要がある。さらにコロナウィルスの影響で試験が中止になるなどして、数か月の簿記離れ、ブランクがあった。正直に言って、今まで勉強したことの九割方は忘却の彼方に消し去られていた。それをやり直して思い出すということも必須だった。そう考えると、残された時間が少なすぎることは明らかだった。今から二級の試験に挑み合格するなど、夢物語のように感じられた。そんな状況で、簿記部八期生の二級挑戦への道のりは再スタートを切った。

 テキストの未学習部分は、さやねちゃんが先生となり授業をしてくれた。その中に、連結会計という項目があった。これは、もともと一級の範囲だったものが、試験範囲の改正によって二級に降りてきたものである。当然難易度も高く、私にとっては馬の耳に念仏状態であった。さやねちゃんですら、当時ちんぷんかんぷんで丸暗記するだけだったということだから、私にわかるわけがなかった。しかし、理解は必要ない、ひたすら暗記するだけだというお父さんの勉強方針を信じ、不安を抱えつつも学習を進めた。

 やがて朝から晩まで自習の日々が始まった。ひたすらにテキストを読み、問題を解き、襲い来る睡魔と戦った。少しずつではあったが、確実にレベルの上がっていくような気がしていた。もしかしたら、間に合うかもしれない。そんなわずかな希望も芽生え始めていた。

 

 

■救世主、登場!

 だが、試験二週間前となり過去問に取りかかった時、その希望はあっさりと打ち砕かれた。応用問題に全く対処できないのである。結果は惨憺たるものだった。しかし何とかその問題を百点が取れるようになるまで復習し、次こそはという気持ちで新しい問題に挑む。これを六回分程度やった後、模擬試験に取りかかった。だが、何度やっても何も変わらなかった。少なくとも、そう思った。私は超えられない壁の前でもがいていた。積み上がっていくものが何もないかのような不安と、刻一刻と日が迫っていく焦燥感に苛まれていた。

 そんなある日、救世主が現れた。我らが恩師、村田先生である。忙しい中、村田先生は遙々駆けつけてくれた。先生は私たちの模擬試験の点数を見て、お世辞ではなく、この時期にこの点数なら大丈夫という風に言ってくれた。それは、私にとって半信半疑の気持ちではあるものの、新たなる希望となった。村田先生は他にも、最後の一週間が勝負であるということ、とにかく気持ちが一番であり、諦めず信じ抜くこと、最後の一秒まで粘ることの大切さを教えてくれた。また同時に、後に続く人の希望となるために頑張るのだという心構えも教わった。八期生のみんなで村田先生の言葉を教室の黒板に書いて、互いを励ましながら頑張った。みんなで円陣を組んで、かけ声を言うのがお決まりになった。一人ひとりがやるぞ! などのポジティブな言葉を言い、最後に八期生、ゴーという言葉を叫んだ。絶対に諦めない。何が何でも食らいついてやるという意思が固まった。

 

 

 試験二日前に迫った時、私は最後の追い込みとして、改めて一からテキストを読み返すことにした。そこで今まで苦手意識のあった箇所を徹底的に覚え込み、わからないところをなくすように努めた。また過去問や模擬試験で自分が間違えた箇所を繰り返し確認した。

 

■これまでの積み重ね

 三時間が十分にも感じるような、一心不乱の集中だった。わずかな残り時間の中、死に物狂いで勉強した。そうしてみると、今までわからなかったところがどんどん理解できるようになっている自分がいることに気づいた。今まで解いていた問題と知識とが点と線で繋がっていくような感覚があった。これまでやってきたことは決して無駄ではなかったのだと思った。簿記が、楽しかった。

 そして、試験前最後の一日が終わった。残すは試験のみ。その時、私の心にあったのは、もうやり残したことはないという達成感と、根拠のない自信だった。 自分でも不思議だった。冷静に考えれば、まるで余裕はなかった。今まで合格点の七十点に達したことがないどころか、最高でも五十点そこら、平均点は三十点が関の山だった。それなのに、どんな難問が出てきてもよく考えればわかるはずだという謎の自信が身についていた。それに加えて、試験に落ちようがなんだろうがかまわないという気持ちだった。あとはどうなろうが知ったことではなかった。それは自分の領域を超えた話だと思った。

 

 

■絶対に諦めない

 試験当日。村田先生、簿記部のみんなと応援に駆けつけてくれたなおちゃんと記念写真を撮った。村田先生が一人ひとりに気持ちのこもった握手をしてくれた。着席した後も試験官が話し始める最後の最後まで粘り続けた。絶対に諦めない。試験終了の合図があるまで、絶対に合格すると信じ抜くことを決めていた。試験が始まって、一問目で早速立ち止まった。私は焦った。簡単ではあるが、重箱の隅を突かれるような問題だった。しばらく考えた後、あきらめて飛ばすことにした。わかる問題から解く。わからない問題なんか知るか! それが村田先生の教えだった。その後は冷静さを取り戻して、淡々と解いていくことができた。そして、取りかかったのが二級最大の砦、連結会計だった。試験開始十分前に確認した内容が出ていた。私は狼狽えることなく解き進めていった。

 やがて、試験終了の時間を迎えた。あっという間の二時間だった。終わった。と思った。その時、私は冷静に自分の不合格をほぼ確信していた。だが、可能性はゼロではないという気持ちもあった。しかし、もはやそんなこともどうでもよかった。何はともあれ終わったのだ。私は帰りの車の中で心地よい疲労感と安堵感に包まれていた。

 

 

 そして今、私はこの勉強を通して、様々な物を得られたと思っている。それは、困難な状況にあっても目標に向かって諦めずに努力し続けることや、自分を信じ抜くことの大切さ。そして、本気で努力をしたという事実である。考えてみれば、私の今までの人生で、これを努力した、と胸を張って言えるようなことは何もなかった。しかし今回、順風満帆だったとは言えないものの、最後まで気持ちに粘りを持ってやり通すことができたという意味では、初めての経験をさせてもらった。このことが、個人的には何よりも嬉しくて意義のあることであると思っている。きっと、この先の人生でもこの時に頑張ったということが自信になっていくと思う。

 

 

 簿記部八期生の活動は幕を閉じた。その間、村田先生やお父さんお母さんをはじめ、代役で先生をしてくれたさやねちゃんやのんちゃん、試験前日にスペシャルディナーで応援してくれたお仕事組さんたち、その他なのはなのみんなの支えあってここまで勉強させてもらい、簿記の知識以外にも本当に様々なものを学ばせてもらった。今回、二級の受験ということに焦点を絞って書かせてもらったが、ここに書き切れないくらい、簿記部では色んな楽しいことがあったし、その全てが貴重でかけがえのない思い出である。

 改めまして、村田先生。簿記部で学ばせてもらえたことがとても貴重で幸せな時間でした。長い間、本当にありがとうございました。