「くじら」 りんね

12月9日

*くじら

 夜の集合の、今日のアーティストのコーナーで、“くじら”をギターで演奏した。
 この曲は、私がなのはなに来て、2番目に楽譜を頂いた曲だった。さやねちゃんが「弾いてみる?」と言って渡してくれて、ひろこちゃんにも指使いの載った楽譜を渡していただいた。

 譜読みをするにつれて、この曲をどんどん好きになっていった。楽譜に沿って音を鳴らすだけで、求めていたものに触れるようだった。
 こんな曲がこの世にあるということに感激した。

 私がこの曲に対して抱いたイメージは、果てしない時間の流れを泳ぐくじらだった。以前みんなで見に行った、大イチョウのような存在だ。

 ただし、ギターを初めて2曲目で挑戦するには、あまりにも難解な指使いで、譜読みを最後まで進めるのは並々ならぬ苦労もあった。毎晩うめき声を上げながら、1小節ずつ、何度も何度も指にならして練習した。分からないところは毎週のギター教室で、藤井先生に教えてもらった。
 藤井先生に教えてもらうと、難解だったものが、すっと「なんだ、こういうことだったのか」という風に頭に入ってきた。
 藤井先生に教えてもらう時間が、ものすごく嬉しくて、藤井先生に教えてもらうためにも頑張った。

 くじらは、藤井先生が大切にされている曲でもあった。藤井先生が、一番初めになのはなで演奏してくださったという、私たちにとってもとても大切な曲だ。
 
 しかし、私はみんなとこの曲を演奏することなく、時が過ぎてしまった。いつかみんなの前で演奏して、けじめをつけたかった。
 だから、『今日のアーティスト』のコーナーが始まったとき、くじらを弾こう、と思った。
 久しぶりに楽譜を開いて、弾いてみたのは、えみちゃんがリコーダーを演奏していた日のことだった。
 そのときは、あまりにも指が動かなかった。とてもみんなの前で演奏することはできない。けれど、どうしても演奏したかった。
 私の知っているどんな曲よりも、くじらは大切なことを語ってくれるように思えた。
 だから、それから簿記の試験が終わると、とにかく悔いのないように、空いている時間はほぼ全てくじらを練習した。本番までに必ず弾けるようになると信じて、とにかく練習した。
 3分しかできない日もあったけれど、2時間半練習できた日もあった。

 小松原俊さんの音源は、もう何百回も聴いた。聴けば聴くほど、繊細さ、大胆さ、流れるような音のつなぎに、恐れ入るばかりだった。
 音源と全く同じように演奏したいと思ったけれど、それはまだまだ手の届かないことだった。

 強弱を少し理解することができるようになって、演奏の概念が一段上がった。強い音を聴かせるためには、その直前を弱く弾いて引き立たせる必要があった。そういう細かい一音一音を、ちゃんと弾いていかないと、ただの雑音になってしまう。
 けれど、強弱がうまく型にはまれば、ぐっと気持ちを乗せることができた。
 ここまで詰めなければ、曲はできないと感じた。

 私は誰よりも緊張しやすい。
 9歳くらいの頃、あまりにも苦しくて一切練習ができなくて、津軽三味線の発表会で大失敗した経験もある。
 だからとてもとても緊張した。昨日は、黒豆の葉落としをするときも胸が苦しいほどだったので、考えて考えて、いいことを思いついた。
「今晩、藤井先生に聴いてもらおう」
 その思い付きで、一気に心が軽くなった。もう、豆に意識を集中できるようになった。

 教室が始まる前に拙い演奏を聴いていただくと、藤井先生は、とても親身になってくださった。
 まず、本番はこのギターを使うか? と言って、藤井先生の持っているギターの中で、一番音が前に出るというギターをお貸ししてくださった。重量があり、美しく、弦高が低くてとても弾きやすいギターだった。
 それに、「1週間前に聞いとったら、全部張り替えとったのになあ」「2、3週間前から聞いとったら、もっと言えたんやけどなあ」ととてもとても気遣ってくださった。

 本番のためには、“低音をもっと出すために、親指を今より深く弦にかけること”、“気持ちゆっくり弾くのを意識すること”と、解釈を間違えていたところを教えていただいた。
 そして、藤井先生は、1日で変えるのは無理じゃけど、と、思ったことも教えてくださった。
 音を切らずに、本当にきれいな音で、ゆったりと演奏しているように聴かせるには、やはりもっともっと指を慣らさないといけないこと。ゆったりと演奏しているように聴こえるのは、テンポが遅いのではなく、音の繋げ方のテクニックだと教えていただいた。
 藤井先生は、将来はそうなってほしい願いを込めて、教えてくださった。
 キラキラした瞳でギターを語る藤井先生と、私も同じ気持ちでいたいと思った。

 ギター教室の終わり、「まあ、ぼちぼち頑張ってください」と声をかけてくださったので、とても嬉しくて、「ぼちぼち頑張ります。本当にありがとうございます」と言った。

 本番前は強く緊張したけれど、そんなときは藤井先生の笑顔を思い出すと、心が軽くなった。今はどんな結果が出てもよくて、未来に向かっていけばよい。将来は、必ず、さやねちゃんやまえちゃんのような、いい演奏ができるようになる。

 藤井先生のギターを持って、本番を迎えた。やはり、緊張したけれど、力を込めて演奏することができた。とてもよかった。
 お父さんにも、「くじら、いい曲だねえ」と言っていただけたのが本当に嬉しかった。
 悔いなく、けじめをつけることができて、よかった。
 藤井先生にいい報告もできそうで、嬉しい。

 すでにこの晩も、次のクリスマス会の演奏に向けて、“奇跡の山”の練習の集まりがあった。まえちゃんが中心となって、強弱の付け方を教えてくれた。
 奇跡の山も、とても情緒的な曲で、大好きだ。まえちゃんが、“動くことはなく、全てを受け入れて木々や動物を守る富士山の、内面の激しい強さと、外見の優しさ”というイメージを教えてくれた。くじらのイメージにも似ていて、伝えたいことは、普遍的だと思った。
 奇跡の山は、もっといい風に弾きたい。クリスマス会でみんなと演奏できることが、本当に嬉しい。

*主人公になって小説を読むこと

 夜の集合で、お父さんが小説を百冊読んで、尊敬する人を小説の中に何人も作れば、現実でかっとすることがなくなる、と教えてくださった。
 そのときお母さんが、気になっていることを言ってくださった。「小説の主人公になって冒険してない人がいるんじゃないか」と。お父さんはそんな人のことを、「まるでビジネス書を読むように小説を読んでいる」と言っていた。

 なのはなに来る前、私は、死なないために物語を書いていた。つまり、生きるたった一つの理由が物語世界だった。
 それが、なのはなで生活していて、だんだん自分の物語世界の重要性が薄れていった。お母さんに「お前は小説家になるには、あまりにも未熟だと思う」と教えていただいて、今は物語以上に人間を作らなければいけない、と、物語を手放している。

 今も、私は、ちゃんと小説を純粋に読む、というところまでいっていないと思う。

 最近は“聖(さとし)の青春”という将棋の話を読んで、これは、主人公にかなり感情移入した。将棋の世界は、とても残酷で、年齢制限から将棋を打つことができなくなった仲間に、聖は「お前は負け犬じゃ」と言った。聖の悔しさと、憤りと、純粋さが放った痛切な言葉だと感じた。
 読み終わった後、深い喪失感があった。

 でも、まだ自分の中には“こうでなくてはならない”という縛りや、批評家のような目があることを感じる。
 なにもいらないものを手放して、まっすぐに小説を読めるようになりたい。

 日常で、些細なことはどうでもよいという大らかな人になりたい。自分の思い上がりを自覚して、謙虚にありたい。