「楽しんで取り組むことが、愛おしい」 ほし

11月26日

 今日は、1日、ゆったりと過ごすことができて、嬉しかったです。

 また、自分のことになってしまいますが、気づきがありました。
 昨日、ハウスミーティングで、「努力することが苦手だったけど、最近、楽器の練習をするにしても、しやすくなった」ということを質問させていただいて、以前まで私にとって、「努力する=自分の劣っているところを確認する事」に、なっていたことに気が付きました。
 いつしか、もう何もしたくなくなって、究極なところで、無気力になっていました。
 小学生の頃、編み物の仕方を教えてもらったとき、できなくて(最初だから当然)、一瞬で投げ出したり、家で勉強しようにも、机に1分も座っていられませんでした。
 一つだけ出来たのは、絵を描くことでしたが、それも、犠牲にしてしまいました。
 絵を描くことが何よりも大好きで、こっそり筆に話しかけたりしていました。でも、いずれ、その筆も、投げ飛ばして壊しました。

 お父さんは、「僕は努力するっていう言葉が嫌いだなあ」と言われていて、私も、そう思います。
 ギターを手に取ってみて、ただ、ドレミファソラシドの練習をしているだけでも、すごく楽しくて、2時間が30分くらいに感じてしまいます。
 苦しんでやり遂げるのではなく、楽しんで取り組むことが、愛おしいです。
 再びこうして、実感させてもらえることが、言葉にできないほど、感謝の気持ちが溢れ出てきます。

 また、自分は全く進歩していないんじゃないかと思うばかりでしたが、今夜の集合で、言ってくださって、嬉しかったです。ありがとうございました。

 最近、時間が過ぎるのがとても早く感じます。感じ方も、以前とガラッと変わってきました。
 抽象的ですが、感覚的に頭にフィルターが100枚くらいかかっていたのが、今は、5枚くらいに感じます。

 伝えたいことがまとまらず、物凄くまとまりのない文章になってしまいましたが、読んでくださってありがとうございました。おやすみなさい。