【11月号⑮】「畑の赤いダイヤ、収穫へ」 なつき

「今年はお米も豊作で、豆も豊作!すごいよ!」

 と教えてもらいました。

 豊作でもそうでなくても、畑の手入れに少しでも関わらせてもらった野菜を収獲して実際に食べると、生きている! という実感がわいて、野生に戻ったような、地に足がついたような感覚になります。

 種から発芽させて収獲する自給自足は今まで経験し得なかったことでした。

野菜を一から育てられる環境にいさせてもらって豊かな気持ちで過ごさせてもらって感謝しています。

 野菜が虫の被害や病気が来ても、お父さんが的確な判断をして下さって毎回みごとに野菜が復活します。

 リン酸やマグネシウム、硝酸など昔化学や生物で習ったような単語がリビングで飛び交い、みんなが畑のノウハウをたくさん知っていて勉強になります。

 各野菜がそれぞれの畑で安心して育っているような空気が、畑に入ると感じる時があります。

 

黒大豆は、枝豆としても収穫しました。

 

 

■豆の担当として

 なのはなに来て、畑の概念が確実に変わりました。

 この夏は黒豆、白豆、ササゲ、小豆、えごまの担当をさせてもらいました。

 私はお汁粉でも白子専門で、粒あんより、こしあん派です。

 小豆のあの豆の皮の触感が苦になって、今までどうしても好きになれませんでした。

 初めは、あんこの原料であるという知識もままならず、一見他の野菜の苗と変わらない小豆の苗を見てこれが数か月後に小豆になると言われても、ピンと来ませんでした。

 赤飯の豆は小豆ではなくササゲを使う、ということも知りませんでした。

 なのはなの黒豆の煮豆のおいしさに感動して、みんなの前向きなひたむきさに後押しされて、〝マメ〟には中学時代にあだ名で呼ばれた苦い経験がありましたが、日に日に担当野菜への気持ちが入るようになっていきました。

 今年は小豆の畑だけで五枚、広さは四反八畝。今年は例年になく豆の畑枚数が多く、畑も長さ50メートルを裕に超える畑も数枚あり、豆類の牛肥入れや水やりは、なのはな全体で行ないました。

 みんなの中で微力ながらも草取りや水やりをさせてもらいながら、様々な豆の株が畑に植わった状態での成長を目の当たりにしました。

 スーパーに並ぶ最終形のパッケージされた豆しか知らなかったので、畑でどんな葉がついて、どんな形で実がなるのか、畑に植わる豆がどんな風なのか、まるで想像がつきませんでした。

 周囲の地域の方の畑でも、いたるところに黒豆がたくさん植わっていました。

 畑作業にかかわらせてもらう中で、自然に対する敬意や、雨を「恵みの雨」と言う気持ちが少しだけ分かるようになりました。

 小豆の苗は六月二十四日と八月二日に分けて、みんなで定植しました。

 早く定植された順から、まるで兄弟のように長男と次男を育てているような感覚で、それぞれが順序立って段階を踏んで成長していく様子を同時に見ていけたことも、勉強になりました。

 畑の手入れを記録した作業記録は、全てが初めての一弾のものがより詳しく丁寧にされています。

 

 

■植え付けの日

 一軒家が四、五軒は建つような、大きな畑に一弾の小豆を定植をした日のことは忘れられません。

 植え付けが終わって水やりをした十六時頃〜十八時まで、作業に入ったみんなはほぼ休みなしで、近くの水路からじょうろで水を汲んで水やりをして回って、ずっと畑で走ってました。

 同時で牛肥入れも行なっていて、これでもか! という程、動きに動いた作業でした。

 私は走ることができず、畑にいるだけでもままならない状況で体力のなさに打ちのめされました。

 長さが裕に五十メートルを越える畑の大きさで、畝がプールのレーンになって、走らずに泳いで畑の奥まで行けたらどんなに楽しいか……と考えてしまいました。

 ヘトヘトになった後、みんなで夕食で頂いた竜田揚げが涙が出る程身に染みるおいしさで、あの達成感とおいしさは滅多に味わえないと思い、今でもあの時の気持ちを覚えてます。

 二弾は七月の連日の雨後に定植され、八月は雨が皆無で水やりに苦戦しました。

 その段階で既に黒豆、白豆、えごま、ササゲも含めて計二十三枚の畑を見回っていました。

 二弾の定植は、あまりの暑さと陽の強さで定植後に萎れた株が出てきました。

 補植と水やりを強化して何とか持ち直しました。

 失敗しながら手探りで未知数な部分もありましたが、その畑でも無事に一巡目の収穫を迎えられてホッとしています。

 晴れの国岡山でも今年は珍しく七月は毎日のように雨が降りましたが、 定植された時期によって、定植直後だったり、ちょうど開花時期で水やりをたっぷりしたかった時期と重なったりと畑によって雨の恩恵の受け方が異なりました。

 豆類は、他の野菜よりも強く、病気も少なく手のかからない野菜と言われてきましたが、本当に最後までほぼ自力で大きくなって収獲まで野菜自身の力で漕ぎつけていて、野菜の生まれ持った能力を改めてすごいと思います。

 雨の日も蒸すように厚い日照りの日も、今朝のように手足がかじかむように寒い日も畑で奮闘する野菜のことを当たり前の様に思っていましたが、中には枯れてしまう株もある中で、野菜を他人事に思えません。

 野菜も生き物で、それぞれの運命を全うしているのだ、とオーバーかもしれませんが同志のように思うこともあります。

 思い入れをそこまでし過ぎず、適度に距離を取りながら、ポイントを掴んで必要な手入れをしていきたいです。

 

■収獲

 十月二十五日、人生で初めての小豆の収穫をしました。

 収穫時期を迎えた小豆の莢は、乾燥してじゃがりこみたいな細長い莢でした。

 一つの莢に七〜十の豆が一列に入っていて、小豆はこうやってなるんだ、と初めて知りました。

 小豆が植わる畑の一つの河原小田んぼ畑は、八月に猪が出て百株ほど荒らされて根こそぎ抜かれてしまうハプニングもあり、罠を取り付けてもらっていた畑です。

 その畑で収獲をしている時は、十人近くで黙々と、目の前のカラカラに乾燥した小豆の実を選びながらひたすら取り続けました。

 畑で腰を伸ばして休憩すると、目線の先には那岐山がそびえたって、左手には滝川が流れていました。

 もう小豆の実を見るのも嫌になるほど、一人で米袋の半分がいっぱいになる程収獲しました。

 視野を広く見ていないと収獲し忘れが出る程、一つの株にまだ緑色の実も含めて、莢がわんさか成っていました。

 採り頃の莢は、枝からもぎ取ろうと、軽く握るだけで水分が飛んでいるからか軽く感じました。

 莢ごとシャカシャカと振ると中に入っている小豆が乾燥して揺れてマラカスみたいになりました。

 

■宝石に触れて

 まだ豆が入っているさやをブルーシートの上に広げて、その上を十人が踏んで豆を出していきます。

 先日のお誕生日会のブラジルチームが踊ったサンバをふと思い出しました。

 ブルーシート上の狭い持ち場でみんなで、タータラ・タータータ、タタタ・タータラ・タータタ、とあのサンバの歌を歌いながら、たまに隣の人とぶつかりながらサンバでステップしながら豆だしを行ないました。

 フラダンスのゆりかちゃんがステップを教えてくれて、前にステップ、後ろにステップ、とやっていたらうまい具合に小豆が莢から次々と飛び出て来ました。

 小豆やササゲは豆が固いため、踏んでも豆がつぶれないそうです。

 サンバのステップと小豆が文化を越えてコラボしていたのが面白かったです。

 莢から出したばかりの小豆がブルーシートの上で山になって野生的なえんじの色を放っていました。

 思わず手袋を外して素手で感じたこのひんやり冷たい触感とずっしりとした重さは忘れられません。

 一緒に小豆の畑の灌水をして、暑い日の日中にエンジンポンプで水やりした時のまりのちゃんに、この小豆を見てもらいたい! と思いました。

 顔も知らない誰かが作ったもの、ではなく自分たちが植えて育てた正真正銘の自前小豆というのが嬉しかった。

 収獲できた実を手で触って実感できるのは、幸せなことだと思いました。

 小豆は畑の赤いダイヤ、畑のルビーとも言われるのだそう。

 なのはな産のお汁粉をいつか頂くことがあったら、今後は、白子だけでなく、粒あんの豆の皮もしっかり味わい尽くして美味しくいただこうと思います。