「人があるべき姿、生きるべき姿を見て」 まえ

11月9日
 
 昨日の午後は、3月の音楽祭に向けてテーマの発表と、第1回のウィンターコンサートの1部をみんなで聞きました。
 夜の歌の選曲のことや最近の作業のこと、自分の近々の心持についても見直す機会になったと思いました。
 私は最近、気持ちが交錯していたり、定まっていなかったと思います。
 30歳になって、この先の目標やなのはなで自分は何をしていくのか、どういう責任を負いどういう人間になっていきたいのか、自分は死ぬまでに何をするのだとかそういう気持ちが出てくるようになって、それを考えるとものすごく自分が薄弱だと感じてもっとしっかりとしなければという気持ちや、その部分を具体的にできていないことに対して、このままではいけないという漠然とした、うっすらとした焦りがありました。
 なまじに意思が出てきてその浅い意思が欲になったり、気持ちの波になったり、小さなことに憤りを持っていた思います。
 今で手いっぱいの部分と、その決まっていない余白のような部分とのバランスがとれなくて、腰を据えられていなかったと思いました。

 でも集合の夜の歌の選曲のことやコンサートの作文や曲を聞いて、私の人生はもう決まっていて、自分がどうあるべきかも、どうあらねばいけないかも本当は決まっているのだと思いました。
 何でも自由に可能性が無限大にあるわけではなくて、自分ができることもやるべきこともたったひとつで、ものすごくあるべき規律や秩序があるなかにたった一本道があるかのような生き方をしていくのだと思いました。
 自分の未来を考えるときも、自分を作っていくときも、自分がというのではなくて、その時その時、求められている自分はたった一つだけで、それを逃げずに見つめてそこに誠意を尽くして自分を作り続けていくほかに答えは無いのだと思いました。
 私は何か大きなものになれるわけでも、自分が何かを成し遂げるわけでもないかもしれないです。でも本当に良く生きたいと願う人たちのなかの一部として、その気持ちを繋いでいく一人であって、そこに最大限に尽力してその良く生きたいという気持ちを次に繋げて行きたい、少しでもあるべき形に近づけて、少しでも進化させていく一人でありたいと思いました。
 
 私はなのはなで救われました。今はっきりとこれからも生きて行く気持ちになっています。
 でもそれだけでは嫌で、ただ回復して良かったでは駄目で、やっぱり世の中を少しでも変えたいです。人が優しく生きれるように、少しでも生きやすい場所を作って死にたいです。
 私はずっと生きにくかったし、なのはなが無ければ今の世の中で生きて行くことは難しいです。
 なのはながあるから、今の世の中で希望を見つけることができるし、自分たちと同じ人を見つけることができます。
 それを自分だけにとどめるのでも自分のものにするのではなく、どういうときでも伝えるという気持ちや発信するという気持ちや見つけるという気持ちでいなければいけないと思いました。
 今だったら恥ずかしくなく恐れ多いという謙遜なく、本気で、自分にも使命があるのだと思います。自分が死なずに今いるということは、自分には役割があり、担うものがあり、本当に世界を変えていく1人だったのだと思います。

 それと、何をするときでも、どういうときでも、自分の苦しさやベースをすぐ裏側に持ってそれをいつでも引き出せるように、深めて周りや自分自身の強みにしなければいけないです。
 自分の未来を考えるときも夢を考えるときも、目先だけではなく、安定ではなく、本当に自分がやるべきことや担うべきことを深く見据えないといけないです。今曖昧だったり、具体的にできないことが多いけれど、焦ってはいけないし、時を待ったり、時期を待ったり、自分の力が追いつくのを待たなくてはいけない、その時が来ると信じて今に全力で向かい続ける粘りをもたなければいけないと思います。自分の感情の波や不調も自分でコントロールをして、外向きにあらなければいけないと思います。

 第1回目のコンサートを聞いていて、あゆちゃんの歌声やお母さんの歌声はずっと前から同じで、ずっと前から今と同じように全力で本気で私たちを代弁して私たちの気持ちを本気で守ってくれていたと思いました。
 そして私たちをずっと本気で負けるなと励ましてくれて、そんなんじゃないだろうと奮い立たせてくれて、そして怒りも悲しみも希望にしてもらっていたと思いました。それが普遍的であることを、それがどれだけ大切なことかをずっと本気で訴え続けてもらっていたと思いました。
 下手でも良いから涙が出たり美しくありたいという、あゆちゃんの言葉や、そういう表現でなければ嫌だという言葉に私は共感し、励まされます。
 そして私は不器用ですが、何も上手くできないですが、その部分を見てもらっていて、ギターやステージに立たせてもらっているように思います。そういう自分を誇りに思うし、そういう仲間にしてもらったことを誇りに思います。それだけで生きていけるくらいに、強くプライドが持てます。 

 私のありかたも、ギターも今もこの先もお母さんやあゆちゃんのようでありたいと思いました。自分の気持ちだけではなく、自分の気持ちの普遍的な部分と、みんなの気持ちの普遍的な部分と、大切で譲れない部分を、何にも負けないで、誰の前でも強く訴えていく一つの手段にしたいと思いました。

 コンサートを聞いて忘れてはいけないもの、自分が背負っていきたいものの原点をもう一度確認させてもらったと思いました。
 ずっと自分たちが表現してきたことが本当に直球で感じることができて、その部分を忘れてはいけないし、深める生き方をしなければいけないと思いました。
 どういう小さな企画や日々の作業でも、自分たちのありようや持つべき気持ちをはっきりと自覚していつもなのはならしく摂食障害から回復した女性らしく、生きて行きたいと思いました。そうしてどういうときでも人が優しく生きられる、人が本当に守られる場所を作りたいし、貫くべき正義が貫ける場所を作りたいです。

 コンサートを見たら、自分は挫けることはできないし、不貞腐れることも諦めることもできないと思いました。これだけの気持ちをこれだけの沢山の人の気持ちを受けてそれを表現させてもらってきて、その上に積み重ねさせてもらって、回復してきて、それを思うと私は挫けることはできないし、辞めることも不貞腐れることも選択肢にはならないと思いました。
 私は摂食障害から回復した人間として本当に恥ずかしくない姿で、希望となる姿で存在しなければ嘘で、それしか選択肢はないです。それで希望になりつづけなければ嘘だと思いました。拘りも依存も甘えも断ち切った姿で一切ない姿で自立して美しくあらなければいけないと思いました。後戻りをすることもないし、気持ちを濁らせることもしないと思いました。
 本当に気持ちを改めてみんなにも失礼の無いように曇りや濁りが無いように誠意を尽くしたいと思うし、そういう気持ちで人や作業に向かいたいです。気持ちを改めて本当に初心を忘れずに生活します。

 お昼の集合のときにアメリカ大統領選挙の結果とアメリカの副大統領に就任されたハリスさんのことをお父さんが話して下さいました。
 お父さんはハリスさんの演説に感動したと言われました。
 ハリスさんの演説には人が向かう先の答えがあって、聞くと涙が出たと言われました。
 お父さんはいつもみんなの答えを探していると言われました。
 お父さん、お母さんが強く求めているのは、自分自身だけではなくて、なのはなや自分たちのために本当に良くあれるようにと、本当に自分たちが生きやすい世の中になるようにと、本来どうあるべきなのか、人がどう生きるべきなのか、生きやすい価値観や世の中は何なのかいつもどんなときもその求める気持ちがあるのだと思いました。
 お父さん、お母さんの夢は私たちがもっと広く言ったら世界が、人類が幸せにあるための夢であり、希望なのだと思いました。そういう夢や希望をお父さん、お母さんは追っていると思いました。

 私はそういうなのはなでものすごく守られていて、色々なしがらみや競争や自分が苦しかったことをはぎ取ってもらって、本来の優しさや正義が通るなかで生きていると思いました。それを当たり前にしないで、守っていく側、作っていく側にもっと自覚してならなければいけないと思いました。
 何をするときも自分ではなく、なのはなの代表として、なのはなの一員としてなのはなをどう見せるのか、みんなにどう見せるのかを考えて自分をフルに使っていきたいと思いました。

 今なのはなにある正義や優しさを通すために、どれだけの気持ちがかかっているのか、どれだけ日々お父さん、お母さんやあゆちゃんが気を張って気持ちを砕いているか、そういうことをもっと感じて、自分もそういう一人であれるように今のなのはなを当たり前にしないでいたいと思いました。
 これから未来に向かっても、なのはなをちゃんと守れるように、広がるように、尽力したいし、本当に今に右往左往したり、今に囚われずに、視野を広く持ってスケールを大きくしたいです。

 自分の人生がどうかではなく、自分の未来がどうかではなく、人が作るべき関係は何かとか人があるべき姿、生きるべき姿は何かを見て、それを実現できるように日々生活したいです。運動会も、音楽祭もなのはなのあり方もそれが基盤です。それが本当に一番大事なのだと思います。そのなかで本当に深く喜怒哀楽や共感や幸せが生れるようにそういう場所を作れるように日々に向かいます。