11月4日(水)「秋の玉レタス、見事に」

11月4日のなのはな

 子供の頃、レタスが嫌いだった。今思えばレタスくらい癖のない野菜もそうそう見当たらないが、当時の私にはその生っぽさが受け入れにくいものだった。だからなのはなに来るまでレタスをほとんど食べた記憶がない。私とレタスの関係は、かき氷と箸くらい遠い物だった。

 そんな私が、Cチームのみんなとレタスを栽培することになった。レタスには大きく分けて2種類ある。1つはリーフレタスといい、もう1つは玉レタスである。作るのは、玉レタスのほうだ。玉レタスというくらいだから、玉になる。しかし、種まきの時期などを間違えると、玉にならない。玉にならなければ、玉レタスではない。かといって、リーフレタスとも言えない。玉にならなかった玉レタスは、玉レタスのアイデンティティを得ることができないであろう。初めてレタスを手がける私にとって、そこは心配なところであった。

 

PB040077

 

 そんな私の思いを知ってか知らずか、レタスは玉になった。それは見事な玉だった。しかし、それを見て私の中にある疑問が湧いてきた。考えてみれば不思議である。レタスは葉っぱなのだから光合成をしているはずだ。その葉っぱを玉にして丸め込んでいては、日光に当たりづらくなってしまうではないか。なぜだろう。もしかするとそれも人間の行なってきた品種改良の結果なのだろうか。人間のために絹糸を作り、成虫になっても自力で飛べなくなった蚕のように、また玉レタスも人間の欲のせいで本来の姿からかけ離れた歪なものになってしまったのだろうか。

 生物の目的が子孫を残していくことにあるのだとしたら、レタスは人間に食べられるという役割を果たすことで、これからも長い将来その生存競争を勝ち抜いていくことができる。我々人間も、おいしくレタスをいただくことができる。だから、レタスには勝手で申し訳ないが、それでいいのかもしれない。
 もし仮に玉にならなかった玉レタスができても、食べられるところだけでも食べたいと思った。

 今日、レタスを初収穫した。さっそく夕食のエビの唐揚げのつけ合わせで頂くことができた。新鮮でシャキシャキのレタスは、揚げ物のお供にはぴったりで、おいしかった。

(なおと)

 

PB040074

DSCF4792
〈1玉がおよそ900グラムの、美しいレタスがとれました〉

 

・-・-・-・-・-・-・-・-・

 

 古畑の桃の樹周りに、排水性を良くするための溝切りをしました。
 あんなちゃんが、桃の樹から入口がある北に向かって水が流れていくように傾斜をつけていきたいと話してくれました。
 傍では園芸部のみんなが、葉ボタンを桃の樹の前の花壇に植え付けくれていました。
 日が暖かく、花壇のパンジーや桃の樹の緑色が鮮やかです。

 

PB040226
〈桃にとって水分の量は、味を決める大切な要素の一つです〉

 初めに草刈りをして、熊手で草や藁を除け、それから米ぬかで線を引いていきました。桃の手入れをする作業スペースも十分に確保しながら、溝の位置を決めました。
 掘り起こした土は桃の樹の根元から緩やかな傾斜ができるように均していきました。水が綺麗に流れるよう、溝の中の土を鍬でさらいました。

 古畑の溝切りのあとには、奥桃畑の水路の水漏れを防ぐ作業を進めました。
 草刈機と鎌で草を刈り、溝の中を綺麗にしていきました。コンクリートにこびりついた土を落とし、隙間のできてしまっている角の部分の土を洗い落としていきました。
 乾いたらセメントで隙間を埋め、コーティング剤で仕上げをしようという風にあんなちゃんが話してくれました。作業中は桃のために道路工事をしているような気持ちになりました。どうしたら効果的か考えながら、みんなと作業をすることができて、嬉しかったです。

(まよ)

 

 

***

 

 

DSCN9444
〈明日のサツマイモ掘りに向けて、2枚の畑でサツマイモのつる回収をしました!〉

DSCN9445