「動くのが楽しい」 ほし

10月30日 ほし

 最近、お父さん、お母さんが、「幸せのその日暮らし」のお話をしてくださって、一番大事なのは何か、深々と考えさせられます。
 昨日、まよちゃんと一緒に畑に向かう道中で、まよちゃんが、「幸せのその日暮らしのお話が嬉しくて、涙が出た」と話してくれました。
 最近、まよちゃんと一緒に、作業が一緒になることや、廊下ですれ違って、笑顔や些細な言葉を交わすことが多いです。
 そのたびに、安心した嬉しい気持ちにさせてもらいます。
 先日の集合で、お母さんが、「お父さんのお話も、幸せのその日暮らしを土台に聞いてね。」と言ってくださって、私もその言葉の意味を考えて、心の奥深くまで届きました。
「こうしなければいけない」という縛りに縛られて、本当に大事にしなければいけないのは、何か、見失っていました。
 自分の盲点は気にせず、ただ、なのはなで目の前のことを楽しんでいればいいんだと、思えました。
 私は、極度に緊張して話せなくなる自分(自分自身のすべて)をずっと嫌に思ってきました。
 以前、ハウスミーティングで、そのことを質問させていただいて、お父さんからは、「無理に直そうとしなくていい」と答えて頂いて、こんな自分でもいいんだと、自分で自分を許していいんだ、と思いました。
 いつまでもそこにあぐらをかく分けにはいかないけれど、どんな自分であれ、人として生きている限り、誇りを持って胸張って生きていい。そういうことだと思いました。
 お父さん、お母さんの下で、なのはなの子にしてもらわなければ、もう二度と、絶対に思えなかったことです。
 私は、自分はきっと嫌われているだろうと、自分で自分の中に虚像を作ってしまいます。
 今まで、人を敵視して、自分を強く見せて、周囲と自分をシャットダウンして、何か言われるとそれも敵意の言葉だと捉えて、「だから何?」というような態度を取って、自分を守ってきました。
 何もかも制限して、心の動きも、表情も、体の動きも、言動も鈍くなっていました。
感情輸入しないように、人を物質的に見て、物事も、淡々と行うことしかできませんでした。
 思いたいことがあるのに、瞬時に思えない。そこに、激しく憤りを感じていました。
減滅して、いつしか気が抜けていました。

 私事ですが、最近になって、ようやくみんなとほぼ同じペースで活動出来るようになりました。
 気力も体力も、かなり回復してきたように思います。
 移動速度は、早歩きが限界でしたが、駆け足で走れるようになってきました。
 近頃、動くのが凄く楽しいと感じます。ようやく、きちんと怖さが取れてきました。
 あれだけ怖さを感じていた外での作業も、今は、とても充実したものに感じて、もっと自分の中に、喜びと楽しさを作りたいという気持ちでいっぱいです。
 今日も作業発表を聞いて、ワクワクした気持ちにさせてもらいました。
もっと体がくたくたになるまで、心地よい疲れを感じられるようになるまで、働きたいという気持ちがあります。
 人の話も、目の前の事も、自分の中で上手く認識できなかったのは、「自分は嫌われている」、「自分はおかしい」、「自分は見張られている」という虚像を作ってしまっていたからだと気づきました。勝手に怖くなって、パニックになっていました。
 私は、人一倍、その傾向が強いです。
 まだ、たまに視野が狭くなって、怖くなることもあります。
 上手く参加できなくても、みんなの食事のコメントに、聞く側の1人として肯定的な気持ちで聞く練習を試みています。

 今週から、ギター教室にも通わせてもらうことにもなりました。
 以前から、やってみたいと思っていたので、ようやくできることが嬉しいです。
 まえちゃんから、「ギターを続けるコツは、嫌いにならないこと、コツコツと積み重ねること」と教えてもらって、自分に一番必要なことだと思いました。
 藤井先生に教えて頂きながら、ギターを持たせてもらって、ギターがとても楽しいと感じました。嫌いにならないように、地道に続けていきます。

 拙い内容ですが、読んでくださってありがとうございました。