「一人でがんばらなくてはならなかったから」 まよ

10月29日

幸せのその日暮らし
 先日、御昼の集合でお父さんが安藤忠雄さんのお話で「プランをもつ」ということについて話してくださいました。その後にお母さんが、お父さんのお話は、勿論その段階にある人にとっては大切なことだけれど、お父さんのお話は「幸せのその日暮らし」ができるようになっていることが前提だ、ということをわかっておいてください、と仰いました。

 私は個人的に、プランという話を聞くとどうしても苦しさが出てきます。よくわかっていないところが大きいからだと思います。自分にとってはお母さんのお話してくださったことが、涙が出るほど嬉しかったです。幸せのその日暮らしという言葉は「なのはな語」、とお母さんが言われました。この言葉のお蔭で、私はなのはなが教えてくれることの理解がここ数日で進んできた部分があります。
 
 幸せのその日暮らしのお話をお父さんお母さんがしてくださってから、目標は、活動している近くの人に優しくすることにしました。優しいということがよくわからない、と思っていたけれど、小さな行動にするとわかりやすくなった気がします。
 例えば近くに来たら、その人の顔を見て微笑む。その人がしていることをやりやすいように手を貸す。その人がやりやすいように物の位置を変えたり、必要なものを取ってくる。身体がきつい時は、助けてもらう。お互い様で助け合う。

 それから、協力することの楽しさ。協力が私にとってとても難しいものでした。スポーツも遊びも、個人でできるものばかりやってきたせいで、協力することの楽しさはなかなか入ってきませんでした。けれど、仕事をする中で息が合う感じやリズム感は協力することの楽しさです。

 私の家族はとても意地悪だったと、改めて気づきます。無視、困った顔、無言、無言で怒っている、罵る、苦しそうな顔など。近くに居る家族ほど、意地悪をする、心配をさせる。家族の中に競争があり、苛め、痛めつけ、妬み、ばかりがありました。
 私は家族にされてきたのと同じように、苦しさが出ると簡単に表情に出していたり、苦しんでいました。それは、とても、意地悪なことだということを改めて意識します。その場に一緒になったら、その人を無視するのではなく、微笑む、声をかける、仕事を助ける、喜んでもらうことを考えるなどをすることが「優しい」ということ。去年のコンサートで言っていたこと、優しい声かけをする、微笑む。そういうことでいいのだと思いました。

 私は職場でも人の気持ちが読めずについ嫌な思いをさせてしまうことに、とても困っていました。バイトをしていても、どこで働いてもいつも同じことにぶつかってしまいました。けれど、今、「幸せのその日暮らし」が解決策だとわかってきました。近くにいる人が嬉しくなるにはどうするか考えることでした。ずっと言ってもらってきたことですが、自分が辛い時に、なぜ苦しくなったのかよく考えてみるとわかってきました。自分の苦しさを表に出すようないやがらせではなく、優しくする。目標を時間内に終わらせることばかりを考えて、せかせか動いて一人で疲れて周りの動きを無視して、近くにいる人の心に沿った優しい動きができていなかった理由がわかりました。
 
 相手の気持ちを見ずに、達成すべきことばかりを見ているので、心が目の前の人になく、会話、空気が殺伐としている。それが相手に伝わり、嫌な顔をされる。そんなことがあり、どうしたらいいのだろう、どうしたら、人間らしい関係がつくれるのだろう、何か自分はとても冷たい。余裕がない、なのはなに来る前も、なのはなに来てからもその枠組みの中に戻ってしまう度に苦しくなりました。私はどこかに、行かなければならない、今のままではだめだという意識から抜け出せていませんでした。

 とろい、遅いと言われていたせいか、自分は人一倍速く動かなければ、だから人と話しをしている時間がない、などと意識するようになっていて、眼の前の人の心を大切にできてなかった。心を通わせるということも、幸せのその日暮らしとセットだと思いました。今やっと「幸せのその日暮らし」という言葉と一緒に、今が自分の人生なのだと感じればよいのだとわかりました。こういう意味だったのかもしれない、とお父さんお母さんの言葉が次々と思い浮かびます。

 なのはなに居させてもらうことの有難みを改めて感じます。なのはなで過ごして、競争のない中で日々の生活の中で協力したり、共有する喜び。
 昨日、以前なのはなのコンサートでも登場していたホセ・ムヒカさんの言葉を読んでいたら、「若者は小鳥がさえずるように、朝飛び起きたくなるような社会を作らなければならない」というようなことばがありました。それから、一番大切なことは幸せになること、ともありました。幸せは、ここで過ごす一日の中にあるのだと思いました。なのはなを離れて卒業したみんなの中に、大切なものをしまって拡げていけるように、みんなで過ごしているのだと思いました。どこに居ても、みんな、繋がっているんだと思いました。どこか遠くにはなくて、幸せは、此処にあるのだなと思えて、そのことが心からありがたいと思いました。

 私は自分に言い聞かせるように、苦しい時は、私たちが生きづらさを抱えた、今の社会の枠組みに捕らわれていると気づくようにします。確かに幸せはあって、自分はなのはなに来たみんなと同じようにその幸せを拡げていく義務がある一人だということをたよりにします。お母さんと一緒にみんなで片づけをした時、ここから出て行かなくてもよくて、今ここはみんなが戻って来られる場所で、ここで暮らしていいのだと思いました。のぞみちゃんやあゆみちゃんのように、子育ても一人でしなくていいのだし、お互い様で助け合える場所がここにあるのだと思いました。自分でできるようにならなければならない、という思いがあり、生きていけるのか不安がありました。 
 けれど、一人でがんばらなくてはならなかったから苦しかった、ということです。幸せのその日暮らし、幸せをみんなが感じられるような関係を拡げていくためなら、生きていきたいと思います。どこに居ても繋がっています。本当にありがとうございます。