「いってきます」 まあ

10月19日

□お父さんのお誕生日会

 お父さんのお誕生日会をみんなと作ることが出来て、嬉しかったです。
 (お父さんに喜んでもらいたい!)(お父さんが大好き!)そんな気持ちがどのチームからも溢れていて、各国のステージが本当に魅力的だったし、でも普遍的などう生きていくかという面で、いつもお父さんが教えて下さることと通ずることばかりで、やっぱりなのはなファミリーは、最先端なんだと思いました。

 今回、創る過程が本当に楽しくて、何をやっていたんだ? と考えると、私は、ずっと笑ってしかいなかったくらい、ずっと笑っていました。お父さん、お母さんが、「折角だからお父さんのお誕生日会までいたらいいよ」って言って下さり、最初は、「寂しくなって、なのはなにずっといたくなってしまうのが目に見えているから、いっそ早く行ったほうが良いのではないか……」と思ったけれど、やっぱりお誕生日会までここにいられて本当に良かったです。
 1日1日過ぎるのが本当に惜しいくらい、毎日があっという間で尊い時間でした。


***
 私ごとですが、今日、なのはなファミリーを卒業し、出発します。
 ずっと、ずっと小さい頃からここにいたような気もするし、こうして出発を目の前にすると、ここでの生活が一瞬のようにしてに過ぎ去っていったようにも感じて、ちょっぴり不思議な気持ちです。
 
 気付けば、自分でも想像していなかったくらい長い間、ここで生活させてもらっていて、お父さん、お母さん、みんなの中にいられることが出来た私は、本当に恵まれていたと思います。ありきたりな言葉になってしまうけれど、なのはなファミリーに来て、お父さん、お母さんに生かしてもらいました。ここに来られていなかったら、私は、死んでいました。

 誰のことも信じられない。自分が生きている資格なんてない。大人になることが怖い。私は、病気がなければ生きられなくて、生身で、この世界で生きる自信がありませんでした。
 どうにかして変わるしかない。
 症状に振り回され、もう絶望しかなかった自分にとって、なのはなファミリーが最後の掛けでした。

 アセスメントに来た時、お父さんが言いました。
「僕たちは、卒業してもずっと面倒を見続けます」
 今、目の前にいるこの人たちは、私の知っている大人とは違う気がする。
 ずっと寂しくて、自分の居場所を求め続けていて、ここでなら私が本当に欲しかったものがある気がして、ここでなら遮断された真っ暗な未来に微かな光を見られるような気がして、私は、お父さんのその一言を信じて、ここに来ることを決めました。

 来てばかりの頃は、優等生になって早くここを卒業して帰らなくてはいけないと思っていました。上辺で出来るフリをして、笑顔で取り繕い、誰にも迷惑をかけず、一人で何でも出来ることが良いことだと信じて疑っていませんでした。
 
 でもそうやって、今まで外の世界でやってきたようにしても、やっぱり苦しくなるだけだし、ここで生活している周りのみんなの姿を見ていると、何かが違うと思うようになりました。自分で違うと思っても、何がどう違うか分からなかったけれど、生活していく中でお父さん、お母さん、あゆちゃん、みんなが導いてくれました。

 畑作業でたくさん汗をかいた帰り、軽トラに乗せてもらった時に感じた心地良い風と達成感。作業から帰ってくるとみんなが「おかえりなさい」と迎えてくれたこと。
 
 石生の坂を走っていた時、後ろからお父さんに抜かれて悔しかったけど、お父さんって本当に凄いんだと思ったし、初めてフルマラソンを完走した時、お父さんが握りしめてくれた手が大きくて優しかったこと。廊下ですれ違うお母さんの笑顔にただただ安心し、別に何をしてもしていなくてもここにいていいのだと思えたこと。
 
 夜に家族みんなでリビングに集まって、お父さん、お母さんのお話を聞く時間。
 いつも周りに人がいて、初めて人の温もりというものを感じました。
 それは、私がずっと求めていたものでした。

 私は、浅くて、出しゃばりで、中々、お父さん、お母さんのお話を深く理解することが出来なくて、それは今もだけれど、でもどんなに未熟でも、みんなが受け入れてくれました。失敗したり、自分自身に嫌になって、どん底に落ち、内に籠もりそうになっても、それは違うと拾い上げてくれました。なのはなファミリーでは、いつも役割があって、みんながいて、良い意味で籠もらせてもらえない環境がありました。いつもみんなの目があって正してもらえて、「こうありたい」と思える人たちが周りにいて、それが本当に有り難かったです。
 
 私は、よく怒られて拗ねて泣いていまうことがあったけれど、その度、あゆちゃんが「子供みたいに泣かないの! 私たちは促成栽培なんだ。卒業生やお仕事組さんたちみたいに『あなたがいてくれて良かった』って思ってもらえるような人にまあちゃんもなっていくんだよ。みんなに続いていくんだ。そうやって今いるみんなや、これから来る子の希望になっていくんだよ」と言ってくれました。
 誰かの為に生きること。みんなが信じてくれる気持ちが変な薬よりも効く、頑張る原動力になりました。


 ウィンターコンサートを作る過程で、埋もれることが美しいと教えてもらいました。
 自分が自分がではなく、仲間を思いやり、みんなで揃えて一つのものを作り上げた時に人の気持ちを動かすことが出来る。それが自分たちの強みだと。私は、初めて、仲間を、周りの人を大切に想う気持ちを知りました。水戸のおばあちゃんは、役があるなし関係無く、一人一人を見てくれていました。私の「人を見る」価値観が180°変わりました。地位や名誉ではなく、心で人を見ること、心で人と関係を取れること。競争ではなく、お互いに助け合い高め合う喜びをなのはなファミリーでたくさん、たくさん味わわせてもらいました。なのはなにいると、今まで落としてきた、見えていなかった小さな宝物を大切に拾い集める作業をしているように感じました。


 私は、本当に気持ちが出来ていなくて、不安が大きいです。綱渡りの状態で、すぐ後ろには崖があって、簡単に落ちてしまう状態です。自分が何より1番怖いのは、お金が無くて、ご飯が食べられなくなったり、ホームレスになったり、そんなことよりも、外の世界の価値観に流されてしまうことだと思っています。
 だからこそ、離れていても、なのはなの気持ちを強く持って、みんなと同じ気持ちで頑張りたいです。なのはなファミリーがある。そのことで私は、強くなれるし、気持ちを正してもらえます。
 お父さん、お母さん、みんなに恥ずかしくないように生きていきたいです。
 
 私は、お母さんがいつも言ってくださる「仲間集め」が1番自分の中でしっくりときます。私は、仲間集めをしていきます。プレーヤーになって自分からなのはなの輪を広げていけるように前向きに頑張ってきす。

 お父さん、お母さん。なのはなファミリーのみんな。
 本当に今までありがとうございました。
 たくさんの家族がいてくれて、私は、本当に幸せです。
 いってきます。