「ほのぼのとした」 ゆきな

10月4日

 野菜を見て

 空心菜の収穫へ、朝食前に外へ行きました。一雨降らそうか、いやどうしようか、迷うかのように小雨が降っています。それでも、止むだろうと思い、収穫に皆でいきました。
メンバーはなおちゃん、さとみちゃん、みほちゃんです。お仕事で一緒に作業をすることが少ないメンバーで嬉しいです。なおちゃんは仕事が終わったら、少しの時間でも畑の集まりにいったり、畑作業にいったりしていて、そういう誠実さに力をもらっています。

 諏訪神社の畑の奥に空心菜はあります。4畝のうち2畝は昨日収穫されました。今日収穫するところに比べると、緑のわさわさ感、葉の量がすっきりされていて、なんだか散髪されたようでした。

 収穫はカマで何本か空心菜を手で握り、刈って収穫します。大胆で、またこれが面白い。空心菜を刈ったときの、スポッ、スポッと空気が抜けるような音が毎回心地よいです。10月までで収穫は終わりだろうといっても、2コンテナみっちりと獲れています。その収穫量の多さに驚かされます。みほちゃんは「意外に多く獲れた」と話します。
 空心菜を見たら、みほちゃんの空心菜に対する愛情を感じます。それに応えるように空心菜が大きく伸び伸びと育っているように見えます。

 イチジクの収穫もしました。2メートル弱はありそうな木にネットがかぶさっていて、守られています。その中に入り、中は結構葉が茂っているため、下から上を見上げる感じで実を探して、収穫しました。まだまだ大きくなりそうな実がついていて、それを見ていたら、それだけで幸せな気持ちが湧いてきました。ほのぼのとした小さな幸せが溜まってきて、自分の雑念も消えていくように思いました。
 みほちゃんが昨日話していたという、稲刈りをしたり、お米がコンテナに溜まってくる様子を見たりして、幸せな気持ちと自分の依存が抜けていく感じがした、という話はこういうことだろうか、と思いました。この毎日の幸せを流さないようにしたいと思いました。雨も止み、無事に収穫も終えて良かったです。
 
 午前の作業には、ナスの水やりをしました。ナスも、以前と比べると横の支柱から枝が飛び出し、実の艶も変わっていました。野菜は、常に前向きであろうとして葉や茎を伸ばし、子孫を残すために今日よりも明日で生きているように感じます。言葉はなくても、野菜から、目標のためには迷わない率直さを感じて凄いと思います。そういう姿から教わることもあります。

 石の下畑の北側に坂があって、軽く顔を上げたら白とピンクのコスモスが満開に咲いています。丁度何本もの株が連なりかたまって咲いていて、桜の花が満開に咲いている、と思ってしまうほど、奇麗で、心落ち着く風景です。ほしちゃんと一緒に水やりをしていたのですが、水やりをしてたらそのことをすっかり忘れて、言うことを忘れていました。次は誰かと、一緒にみようと思います。


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 お楽しみ会の準備も始まっています。
 わたしは、どこか手放しで楽しむことを(言葉は少し違うのですが)許せなかったり、1枚壁を感じてしまいます。まだ誰かに何か言われてしまう気がしてしまいます。だから、早くこの壁を壊してしまいたいです。

 まず、お楽しみ会で調べることはお父さんのようにとことん調べ尽くさなきゃなと思います。それで、自分はこう思うという考えを出せる材料を持ちます。小さくても、こういうアイデアでどういうものを使って、この形を作るかという考え・答えを持ちます。

 それで、今のメンバーのなかで引っ込みすぎずに、楽しむところで楽しみ、熱中するときは熱中します。自分のことより、そのことを優先しようと心がけなければ、私は常に自分になってしまうので気をつけなければと思います。

 あと、話は変わるけれども、ソフトバレーも積極的にボールを取っていきたいです。手放しでもう笑って、喜んでしまいたいです。そういう気持ちの大きさが極端に弱いし、制御してしまっています。自分を成長させる手段としてみていたいです。