「責任をとる生き方」 ゆい

9月27日

 書きたいことがたくさんあります。
 今日のお昼の集合で、お父さんお母さんからのお話が聞けてありがたかったです。責任をもつこと。真剣に生活をしていくこと。
 お父さんは、最初に、野菜の手入れが適切になされていなかったことについて厳しく話されました。そして、これが野菜だからいいけれど、人間が駄目になるのが問題なのだとおっしゃいました。私たちは、なのはなで何の為に野菜を作っているのか。なんのために、なのはなで生活をしてるのか。
 野菜作りは手段です。一度摂食障害になった人は普通に生きることはできない。うんと良い生き方でしか、もう生きて行くことはできない。野菜作りという一つのことを通して、どれだけ誠実に、本気で、責任を持っていくことができるか、その練習をしていると思います。心が正しく、認識力も高く、動きも正しければ、野菜は絶対に応えてくれて、良いものが採れます。自分が意志をもって、強く、優しくあることができれば、美しい野菜がとれます。日々成長することができれば、異常気象や、何かの変化に柔軟に対応しながら野菜を作れるということだと思います。野菜作りは、一つの表現の手段です。
 異変に気付いても、勇気がなければ、責任を負う気持ちがなければ、手を打てません。それは、野菜に対してだけじゃなくて、自分の生き方全般に共通していくことだと思います。

 お母さんがおっしゃいました。無責任な空気で真面目な人が、くじかれるのだと。世間で、無責任で利己的な空気があって、苦しかったはずなのに、それと同じことをしてはいけないでしょうと。
 あんなちゃんの責任感。やよいちゃんの責任感。私は、あんなちゃんと一緒に防除をさせてもらったり、やよいちゃんリーダーのチームで畑をしてきて、強く感じてきました。守られてきました。
 私は、責任をとる生き方をしたい。私は、責任をとるのが怖い。でも、ここで逃げたくないです。私は、逃げない人間になりたいです。なのはなの子供として、摂食障害になった者として、勇気のある人間になりたいです。

 自分の作物さえうまくいったら良いのではないです。私は、視野が狭くなりがちです。それは利他心が欠けた思考からくると、思いました。
 今、私は役割りが増えて、チャンスを得ていると思います。怖さがあります。自分の能力を超えて、責任があることが、舞い込んできているように思います。
 自分が、責任を持って、同時に自分以外のこともしっかり視野を広げて見て、適切に判断をし、動いていくことができるようになるチャンスです。自分を守りたい気持ちが人一倍強い自分を、かえるチャンスです。私は、もう、逃げたり、誤魔化したりする人間ではないです。いつだって、捨て石になってでも、力を使える、なのはなの仲間の一人です。勇気のある、お父さんとお母さんの子供として、人間を作っています。だから、私は、逃げません。

 もっと書きたかったけれど、もう消灯になってしまいました。今日思ったことが、文章に書けずに流れてしまうのが惜しいです。
 今日は、私の人生の一部です。仮の1日ではないです。そのことを噛みしめて毎日を過ごしたいです。
 さきちゃん率いる畑のBチーム、どうか軌道に乗りますように。