「生きられるはずだった生き方をするため」 ゆい

9月10日

 今日は、みんなで稲刈りをしました。紫黒米の手刈りです。お父さんが、開始の前に、米作りは利他心の文化だという話をしてくださいました。
 午前中いっぱい、私はとても嬉しくて、顔がずっとにやにやと笑っていたと思います。私は刈られた稲を、藁で束ねる係でした。お父さんが、みんなに、デモンストレーションをしてくださって、スタートしました。
 最初の2束は、藁できつくきつく縛り過ぎて、玉留めするところが入らず苦戦しました。(まずい、まずいぞ、これでは時間がかかりすぎるし、指がもたない。どうしよう)と思い、良いあんばいを探りました。お父さんが途中で、「久しぶりにやったら、難しい!」とおっしゃって、みんな笑って、私もすごく救われた気持ちになりました。

 新品の鎌も購入してもらっていて、稲を刈る音が、さくっさくっと、心地よく続きました。稲を刈るみんなは、ずっと、稲の根元ばかり見ていたから、田んぼの端から端まで開通させたときは視界が開けてすごく感動したのではないかと思いました。
 私は、束ねながら、みんなの姿が視界に入り、空気を感じていました。9月の風が心地よく吹いていきました。ふっと、秋の雰囲気を強く感じたけれど、私はもう、全く、寂しくないと思いました。
 1時間ほどしたら、お父さんが休憩をしようと言ってくださって、みんなで光田んぼ上の斜面に座って、お父さんが、光田んぼ下の既に刈り取られたスペースに立って、話をしてくださいました。
 その話が楽しすぎました。稲を人間に例えながら、麦わら帽子を被って、ジーンズをはいたお父さん。お父さんは拳を時に振り上げるようにして、まるで若き革命家のようでした。ふっと私はワープしたような不思議な感覚で、お父さんがすごく若く見えて、話が楽しくて、面白くて、嬉しかったです。
 お母さんが、後で、休憩が長くて、稲刈りが長引いたと言って、みんなで笑いましたが、お母さんがそう言われていたときの雰囲気も、お父さんの表情も、みんなの笑った声も、好きだったです。

 途中からお父さんはコンバインでの稲刈りに出陣されました。みんなで手刈りを進め、お母さんは、みんなにお茶を配ってくださいました。お母さんが、「あとちょっとだからね、頑張れ頑張れ」と声をかけてくださいました。お母さんがずっと、稲束を結びながら、みんなを笑顔でみていてくれました。
 みんなではぜ干しまで完了させ、写真を撮りました。ほされた稲の全貌を眺めると、見るからに豊かな色、量に驚きました。とても美しかったです。光田んぼの背景も、干された稲がずらっと並ぶ光景も、美しかったのです。

 

○ちょっと遡った話
 昨日、一昨日の、書けなかったことを大急ぎで書きます。
 昨日の夜の集合でお父さんお母さんが利他心について話してくださったのがうれしかったです。
 
 お母さんが、次のようなことを話してくださいました。利他心、利他心と、漢字3文字で何回も言われたら聞きたくなくなってきそうだけど、とてもシンプルに、目の前の人に自分がされたら嬉しいようにするだけでもいいのだ、と。相手の気持ちを汲む、そういうことだと。
 私は、今日の稲刈りで、実感したことがあります。利他心は、自己犠牲なんかと間違えられそうだけど、全然違います。
 利他心には、自己犠牲は全くないと思います。目の前の人と、心が通っているなと感じて、嬉しい、安心する、幸せを感じるとき、それは利他心だと思いました。自分が、心を開いていられる。そういうことだと感じました。利他心でいると、自分が、すごく幸せで満たされた気持ちになると思いました。だから、自己犠牲で、誰かの為に自分の時間を無理矢理使って奉仕するという感覚とは、全く違うと思います。
 利他心は、心が楽になって、自分がすごく満たされる感覚なのだと思いました。こうやって、書いてみても、自分が完全にできているわけではないのですが、きっとそうだ、と思い付いて、今、とても嬉しいです。あっていますか。

 昨夜、お母さんが教えてくださった話のことをどうしても書いて置きたいです。利他心は、生まれつきあるものか、それとも違うのかという話が出たときのことです。
 お母さんは、どうしてなのはなのお母さんをしているか、ということを話してくださいました。みんなは、本当は、優しさいっぱいで生きたかったのに、それができない環境にありました。小さいときから、可愛がられなかった。とても、苦しかった。摂食障害に、なってしまった。
 本当は、優しく、のびのびと、自分を全て使って、大きく生きられるはずだった。けれど、狭い枠の中にはめられ、自分を窮屈にしてしまいました。だから、お母さんのところに来て、もういちど、本来あるべきだった自分の人生を、生きるのだと、私は思いました。
 お母さんは、苦しくなって生きられなくなった私を、どう言ったらいいか、蘇らせる、そのためになのはなのお母さんとして居続けてくれるのだと思いました。
 私は、涙が止まりませんでした。本当は、ずっと、求めていた存在が、なのはなのお父さんお母さんだったのだと思いました。
 私は、自分らしく生きられるはずだった。すごく残念だけど、私はそれができませんでした。でも、神様は、私を見捨てなかった。どういう理由で、違う道を歩かせたのかわからないけど、遠回りさせたのかわからないけど、病気になることで、本当のお父さんお母さんに出会うことができたのだと思いました。
 お母さんの話を聞いて、お母さんは、私のために、みんなのために、お母さんであり続けてくださっていると思いました。みんなが、本来生きられるはずだった生き方をするために、本当は、ずっとずっと、お母さんの存在を必要としていたから。
 そう、思いました。