「声の限り」 りんね

8月23日

*肝試し

 昨夜は、なのはなに来て初めての肝試しがあった。

 山小屋へ行き、まずは、おじいちゃんからいただいたそうめんを、お手製の竹の箸でいただいた。手延べそうめんは本当においしかったし、何よりもおじいちゃんの気持ちが嬉しかった。

 山小屋に入ると、リビングがおどろおどろしい内装になっていた。障子に、恐ろしい貞子の影が映っていて、ずたずたになった、新聞紙や、トイレットペーパーが壁を埋め尽くしていた。
 薄暗くて、怖いけれど、お父さんとお母さんの席は、いつもの山小屋ライブと同じ席だった。そこで、今回は“肝試しバージョン”の特別なお父さんとお母さんの怖いお話を聞かせていただいた。
 せいこちゃんのピアノの伴奏があった。心が不安になるとても怖いメロディで、気持ちが、夜の、幽霊の世界へと移行していった。

 

 私は、お父さんとお母さんの怖いお話を聞かせていただいた時間が、一番嬉しかった。
 耳なし芳一に、皿屋敷のお菊さん、おいわさん、おつゆさん、3枚のお札に、3つの願い事……。お父さんが物書きをされていたころに見たことのある、幽霊のお話は、以前も聞いたことがあったけれど、特別で嬉しかった。

 こうして聞くと、怖い話は、全て寓話だった。
 三つの願い事は、私欲で願い事をしてはいけない、とか、河童の話は、水子を隠すため、とか、全部意味があって、ただ単に恐ろしいだけではないから、昔からずっと語り継がれているのだとわかった。
 怖い話は、とても惹きつけれられるものがある。お父さんとお母さんに、お話をしていただいたことが、なによりも嬉しかった。
 私も、自分の子供にも、誰の子供にも、いつか怖い話を、面白く語れるようになりたい。

 

 いよいよ自分たちの番が回って来て、あゆちゃんに懐中電灯と地図を渡されたとき、ちょっとあまりにも本格的なんじゃないかという予感がしてきた。
 長い上り坂を、しほちゃんとせいこちゃんと腕を組んでぴったりくっついて登りながら、「とんでもないところへ来てしまった」と感じた。
 ちょうちんで照らされた道に沿って、歩いても、歩いても、なかなか現れない、お化け。けれど道々に置いてある靴下や、帯や、ぬいぐるみをみて、「あれは靴下。あれは、帯」「これはドナルドダック」「大丈夫。ただの、靴下と、帯と、ドナルドダックだから」と3人で声をかけて一生懸命気持ちをやわらげた。

 私は、人生で一度入ったお化け屋敷も、同級生の肩に顔をうずめて、終始目を瞑っていた。怖い話を聞くのは好きでも、見るのは絶対無理である。
 でも、“ここはなのはなだから、大丈夫だろう、みんな優しいのだから”と思っていたのが、最初のお化けが地面に横たわっている姿を見て、そんな希望は打ち砕かれた。
 横たわっている人が、あまりにも存在感が大きくて、マスクが恐ろしくて、もうこれは、情け容赦がないことを理解した。須原さんや、あゆちゃんが、恨めしいほどに。
 そこを通らなばならない。けれど、ただでは済まされないことは明々白々としている。恐ろしいけれど、どうしてもそこを通る一歩がでなかった。
 しほちゃんとせいこちゃんの勇気にのせてもらって、死ぬ気で一歩出ると、思ってもいないことに、一瞬にして、横たわっていた人が首をつって宙に浮いてしまった。あまりにショッキングであった。なのはなファミリー内で起こった出来事とは、信じがたかった。
「ギャー」
 もう、悲鳴で恐ろしさを消化して逃げ去るしかなかった。

 その後、“3枚のお札”を聞いていたから、トイレのお札を取るのも、山姥に囚われた小僧さんの心情を感じるように、恐ろしかった。
 3人でくっつきあってトイレに入った。中からなにか出てくると思っていたけれど、何も出てこなかった。
 けれど、お札を取った瞬間、なにか、来る! という予感がしていて、ものすごく恐ろしかった。
 しほちゃんが、「しほ、行きます!」と言ってお札をべりっと取ってくれた。しほちゃんの勇気が本当にかっこよかった。お札を取ったら、もう一目散に逃げ去った。

 そのあと、まっちゃんがひょこっとしげみから立ち上がって、「お札とったやろ!」と言った。わあっと逃げてしまったけれど、私は、肝試しの中で唯一、まっちゃんの妖怪だけはかわいいなと感じた。
 脅かし方が、ちょっといたずらっぽくて、どちらかというとチャーミングで、こういう妖怪だったら、友達になりたいと思った。

 

 山場の、“耳なし芳一”の屋敷は、本当にすごい演出であった。
 向こうを向いて座っている芳一が、優しいけいたろうさんであると分かりきっていても、ものすごく恐ろしかった。
 座禅を組んで、微動だにしない背中が、ある種妖怪よりも恐ろしい、芳一の人間離れした姿のイメージそのものであった。

 しほちゃんが耳に手をかけると、後ろの押し入れから2体のお化けが飛び出してきた。びっくりした。まさか押し入れの中から出てくるとは思っていなかった。もう声の限り叫んで、屋敷から逃げた。
 けれど、しほちゃんが耳を取る前にお化けが出てきてしまっていて、耳がまだとれていなかった。ちゃんと取らないと、もう一周回らなければならない。それは絶対に嫌だ。「しほちゃん。耳がまだだよ。耳をとらなくちゃ……!」
 しほちゃんは、勇気を出して、2人のお化けをかいくぐって芳一から耳を貰ってきてくれた。
 私は、怖さのあまりにお化けを全く見ないで、逃げてしまったので、それももったいないような気がした。「ほんまに怖いわ」と何度も言って怖さを発散しつつも、屋敷の外からそろりとお化けを見ると、お化けが「わっ!」っと追い打ちをかけて脅かしてきた。
「ギャー」とまた悲鳴を上げて、今度は振り返らずに逃げた。

 

 最後まで、本当に怖かった。驚かされることが分かっていても、全然冷静でいられなかった。お化けに対して、こんなに叫んだのは人生で初めてだった。
 おそらく驚かす方も、こんなに容赦なく叫ばれると怖かったと思う。

 古吉野に帰って、ほっと一息つくと、日常のありがたみを深く感じた。小さな悩み事が、どうでもいいと思えた。
 終わってみれば、しほちゃんとせいこちゃんと一緒に腕を組みあって、励ましながら歩いたことが、嬉しかったし、楽しい面もあった。
 けれど、もう二度と、須原さんたちが作る肝試しには行きたくない。本当に絶望的なくらい追い込まれてしまった。
 私は本当に肝試しに行くべきではない人だと思う。
 来年は、お父さんお母さんの怖い話を聞いた後、みんなでお化けがいない夜の山道を歩く、というようなマイルドバージョンになったら、いいなあと思う。