「親友でありたい」 なお

7月20日

〇親友、同志
 お父さんお母さん、あゆちゃん、りゅうさん、まえちゃん、なっちゃん、仕事組のみんなで山小屋で過ごした時間が嬉しかったです。いま仕事組は、12人います。
 この日は、ひろちゃんも合流してくれました。そして、りゅうさんとあゆちゃん、まえちゃんが、強力な助っ人として、ゲスト料理人で参加してくれました。みんなで、お父さんお母さんをお招きしようと計画した食事会は、招待した私たちの側にとってプレゼントのような時間でした。
 準備から、とても充実していました。7月に入ってから動き出し、レシピを考えたり、招待状を作ったり、プレゼントの楽譜を作りました。
 私はまゆこちゃんと一緒に、招待状やお品書きの担当をして、料理では主食と副菜を考えて作りました。まゆこちゃんとは、楽しみたいポイントが似ていて、メインの料理はもちろんのこと、ちょっとした演出をあれこれ考えて、主と従が入れ替わってしまうくらい、ちょっとした演出に力を入れてしまいます。でも、そんな風に遊ぶ時間、遊ぶ気持ちが、私の日々の喜びや、支えになります。なによりも、自分たちが楽しみながら、一緒に作る仲間や、招待するお父さんお母さんが喜んでくれるようにと思って作ることが、とても嬉しいです。7月は仕事が立て込んでいるのですが、その中でまゆこちゃんにたくさん助けてもらいながら、仕事を頑張る原動力となる楽しさを味わえました。
 
 今回、料理のメインは新じゃがを使ったコロッケでした。食事会の2日前に、みんなが掘り上げたジャガイモ。じゃがいも掘りの話を聞いた時、おおげさではなく、私は感動しました。まえちゃんとなおとさんチームの世界一速い芋ほり。そして、みんながその姿に大きな気づきや、刺激を受けて、全力でジャガイモを掘ったお話。それは芋掘りを通した、生き方の在り方なのだと思いました。ひとつの目標に向かう仲間と、心を動きと志を同じくし、ペアの人と一体となって前に進んでいく。誰かの姿を見て、みんなが引っ張り上げられ、よりよい方向へとみんなでごろんと良くなっていく。その話を聞いていたから、そんな物語があるじゃがいもだから、美味しいコロッケにしたいと思いました。
 食事会で美味しいコロッケを作って、お父さんお母さんにOKをもらえたら、なのはなのみんなに作りたいね、と仕事組で話していました。
 スープとサラダ、混ぜご飯、副菜二品、千切りキャベツ添えられたコロッケ(りゅうさんがさくさくに美味しく揚げてくれました)、デザートも豪華に二品。山小屋のリビングの天井からつるした可愛い飾り付け。ゲストを含め総勢18人で、いただきます!をしました。みんなでわいわいと作った料理たち。お父さん、お母さんが、美味しい、と喜んでくれました。コロッケ週間があってもいいねぇとお父さんが言いました。私も、クリーミーでサクサクのコロッケなら、毎日食べてもいいなと思いました。次はみんなと食べたいです。
 
 お父さんとお母さんがたくさんお話をしてくれました。親友のお話が、心のに残っています。親友の条件は、お互いに役に立てる関係であること、情緒や趣味趣向が同じで喜びを共にできること、そしてその関係が善であること(悪事を目的としてつるむのではないこと)。本当の親友を持てる人は少ないとお父さんは話してくれました。
 私は、親友というのは、戦友とも、同志ともいえるのだと思いました。そして、それはそのままお父さんとお母さんだの関係なのだと思いました。お父さんはいつも、お金も友達も、後からついてくる、ということを話してくれます。お金が欲しい欲しいと追いかけるのではなく、友達を作りたいと思って友達のための友達を作るのではなく、自分が自分の人生を誠実に、一生懸命に、よく言生きたいと願って生きていった時、振り向けばそこに友達もお金もある、その人の人格に見合ったものがついてくるのだ、と。親友のお話を聞いた時も、自分の生き方が問われているのだと思いました。
 私は、友達が欲しいという風にはあまり思わないのですが、でもやっぱり、お父さんとお母さんの姿を見ていると、(お父さんの言う)親友を、たった1人の親友を持ちたいと思うのです。お互いを助け、お互いプラスの影響を与え合い、2人で一人前に、いや、1人ではかけている部分があって一人前でなくても、2人になった時に一人前以上の力を発揮して生きらる、感動や喜びを共にして、同じ一本道を歩んでいく。そんな友が人生に1人いたら、と思います。
 親友のお話を聞きながら、最近の私は、人に求める気持ちがとても大きくなっていたと気づきました。人にこうあって欲しい、そりゃ私だって未熟だけれど、それにしたって、なんで、と悲しくなることがありました。そんな風に感じて過ごすことは、違うのだと思いました。人に求めるのでははく、どこまでいっても自分の生き方を善くしていく、それだけです。なのはなの仲間のために、なのはなの活動のために、あるいは仕事場の仲間のために、お客様のために、自分の持っているものを精いっぱい使って、プラスの存在でありたい。心を豊かにし、深めていきたい。誰かの心に、小さな希望や、笑顔が生まれるように、自分にできるとをしたい。誠実に、真面目に、そしていつでもワクワクを心を躍らせて、未来に向かって志をたてて生きていきたい。自分の毎日の生活を、あらためて大事にして、一日一日、よく生きていこうという気持ちを持っていきます。
 なのはなと自分の関係も、“親友”でありたいです。なのはなファミリーに一方的に助けられるのではなく、なのはなにとって自分がなにか役に立ちたい、と思います。
 
 仕事では、最近うまくいかないことが続いています。正しく仕事をすることの難しさに直面し、仕事に対するおそれというか、緊張や怖さを感じます。仕事を重ねるほどに、自分の立場と、そこにある責任の重さがじわりじわりと、わかってきて、だから怖いのかもしれません。でもきっと、それは社会人として経験を重ねていけば、誰もが乗り越える壁なのだと思います。甘えや、言い訳はなくします。そして、自分の仕事が、なのはなの未来にひとつの希望の道を拓いていくのだと信じて、いまできることを地道に積み上げて、丁寧にしっかりと仕事をします。さやねちゃんが、なおちゃんの力になれることがあったら、いつでも、どんなことでも、言ってください、と伝えてくれました。その言葉だけで、私は大きな支えになります。さやねちゃんは、気持ちの面でも、実務の面でも、支えてくれます。さやねちゃんが毎日、できる最善で仕事に向かい、そしてそっと心を添わせてくれているのを感じます。自分は、失敗をしたり、情けないところをたくさん見せてしまって恥ずかしいのですが、さやねちゃんの姿を見ると、自分の姿をオープンにしながら、もっと先にある、辿り着きたい自分に向かって精いっぱい仕事をしたいと思えます。さやねちゃんと一緒に、成長した生きたいです。
 
話が食事会からそれてしまったのですが、日曜日の山小屋での時間を心の糧となり、また7月後半の仕事の山場に向かえます。そして、なのはなのみんなの中で、小さくても自分にできることを見つけて、毎日過ごします。みんなのことを思ってなにかをすると、それが自分のエネルギーとして何倍にもなって還ってきます。ありがとうございます。