「強い優しさとぶれない軸」 ななほ

7月19日

 今日のお昼の集合のお話が印象的でした。
『親友』について、親友と言える条件の1つはお互いに役に立つ存在であること。
 2つは同じ感受性(趣味)を持っていること。3つ目が善であること。

 お母さんの昔の話を聞いていて、私も今まで親友だと思っていた人が、なのはなに来て親友ではないことに気が付いたのを思い出しました。
 その事に気が付いたのは、なのはなに来て直ぐの時だったのですが、なのはなのみんなの優しさや温かさ、裏の無い話し方に触れた時、自分の中の間違った価値観や、歪んだ気持ちが正されていきました。

 最近、少し忘れかけていたけれど、やっぱり今でもなのはなに居るけれど、(これは少し違うんじゃないか)、(この言葉は少し優しくないんじゃないか)
と思う事があり、それもなのはなに来るまでは当たり前になっていました。
 学校に行っていた時の事を思い出すと今でも苦しくなるし、納得のいかないような、解消のしようがない辛さを感じます。

 6年間、クラスが同じだった親友だと思っていた人に裏切られて、嘘をつかれて、最初はその子のせいで摂食障害になったと思っていたし、家族もそういっていて、私はその子を庇いたいような、でも裏切られたのも事実で、余計に混乱したのを思い出しました。

 小学校3年生の時に理科準備室の骸骨の模型のある部屋に閉じ込められて泣いた事。
トイレに閉じ込められたり、上履きを隠されたり、悪口を言われたり、それも当たり前のことだと思っていたし、
 私以外の人もされていたから、仕方がないと思っていたけれど、今では最悪だったなと思います。

 お父さんが「アフリカには果物はあるけれど、アイスクリームのような物はないから、アフリカの子はアイスクリームを欲しいと思わないし、存在自体分からない」と話して下さり、私も何が悪い事なのか、警察に捕まるようなことは分かるけれど、虐めや悪口、からかいの度合いが分かっていなかったと思います。
 競争心や我欲の文化も、私は学校で激しくやられてきた気もするし、小学校3年生から性格がガラッと変わったのも、無意識のうちに、自分が弱者から、強者になろうとしたからだと思いました。

 確かに優しい子もいたし、本当に気が合って、お互いに役に立とうとしていたこと居たけれど、そういうことからいつか離れてしまって、結果的には私も強者になっていたなと思います。
 摂食障害になった時、私と6年間クラスが同じだった子は私をいじめ続けた気がするし、虐めじゃなくても、悪口や意地悪をしました。

 だから、その子以外の子が優しく感じたのかもしれないけれど、病気だからとか、弱いから優しくすることは友達になれないと思いました。
 お互いに役に立てて、同じ趣味や感受性を持っていて、どちらも善であること。
 私も含め、その3つをクリアできる親友がいるのかは分かりません。

 なのはなに来てからは殆どの人がその3つをクリアしているようにも感じるけれど、常に相手の気持ちを組んでしまったり、怖い気持ちや、忘れられてしまうような不安、自分はどうでもいい存在だとかいう気持ちがあって、まずは自分も意識的に気持ちを変える必要があると思いました。

 

 お父さんは人間は生まれもったものがあるから、そう変わるのは難しいと教えて下さるけれど、私も厳しいかもしれないけれど、今変われなくても、いつか絶対に良い人間になる、親友と言える人が3人できるような人間になる、なのはなの価値観で、強い優しさとぶれない軸を持った人間になると思って生活します。

 まだ分からないこともあるのですが、お父さんとお母さんの話をしっかり聞いて、良い意味で自分のものにします。
 私は成長が早いのか、遅いのかも分からないけれど、よく生きたいという気持ちは強く持っているので、泥臭くても一生懸命に生きます。