「ジャガイモ掘り」 りんね

7月17日

*じゃがいも掘り

 今日は、フルマラソンをしていたようだった。
 朝7時から、夕方6時まで、8時間くらいはずっとイモを掘っていた。朝から少しずつエンジンがかかってきて、午後は一番動きやすかった。
 一日を通しての芋ほり。意外とやれるもんだ。

 午後、お父さんとお母さんがずっと畑にいて、指揮をしてくださったり、応援してくださったり、お父さんとお母さんの存在をずっと感じていられたことが、なによりも嬉しかった。

 早朝は、傷イモ0を目指して随分慎重に掘った。すると、1時間立っても、1畝も掘り進まなかった。これは長い道のりだと感じてしまった。
 まえちゃんも、帰りの車で「昨日、めっちゃ芋ほりが速く進む夢を見たんだけど、夢は夢だった」と言っていた。(これはのちに覆されることになる)
 けれど、河原開墾は開墾されて初めて作物が植わった土で、“山の土”といった風で、黒く、ふかふかで、その中のメークインは驚くほど真っ白な肌をしていた。今日掘った中でも、随一の美しいイモは、河原開墾のメークインだったと感じる。

 けれど午後、“今日で終わらせる”という目標を軸に、お父さんが指揮をしてくださり、スピードがぐんと上がった。
 極めつけはまえちゃんとなおとさんのデモンストレーションであった。二人は、間違いなく世界一の芋ほり師だった。スコップを立てる位置、角度、スピード、二人の呼吸が全てぴったりと重なって、運命共同体のようにものすごい勢いで芋が掘られていった。
 お母さんに言わせれば、「なにかに憑りつかれたように」。本当にその通りのすさまじさだった。
 それを見て、理想のイメージが持てたので、私たちの動きも随分変わった。ペアだったゆりかちゃんと、まえちゃんとなおとさんを思い浮かべて芋を掘ったら、かなり呼吸もあってきた。
 そうして進めると、怒涛の勢いで進めることができた。長い畝も、気が付けば終わっているといった具合だった。
 だが、私はこの時、かなり傷イモを出してしまった。ゼロか100かになってしまった。これは死刑だと思った。
 そのことが悲しくて、明日は、ちゃんとスコップをここぞという位置にさして、スピードを出すということができるように、リベンジしたい。

 最後、お父さんが「みんな、本当に速く進めてくれました」としみじみと語って、麦わら帽子を取ってお辞儀をしてくださった。
 傷イモを出してしまった負い目があるので、とても申し訳ない気持ちだったが、明日はちゃんと、お父さんの言葉に誇りを持てるように、スピードと間違いのない美しさを持った、いい仕事がしたい。いつでも、そういう仕事ができるようになりたい。

 お風呂に入っていると、お母さんがアップルミントを生けるために来てくださって、嬉しかった。また、すでにアンデスとデストロイヤーの花も生けてくださっていて、「ジャガイモ掘りにいかなかったみんなにも、いもが感じられるように」、というお母さんの温かい心遣いが、優しくて優しくて、嬉しかった。
 なのはなの湯に満員以上で賑わっているところを、お母さんが嬉しそうにして笑ってくださって、心が救われるようだった。