「誰かの幸せに繋がっていることを喜びに」 まち

 7月13日(月) 

 今日のソフトバレー大会のお弁当準備のため、朝食後の時間におにぎりを握りました。お父さんとお母さんのおにぎりを握ったのは私です。どうでしたか、美味しかったでしょうか。塩加減がもしかしたら少なかったかもしれない。ついでにメンズたちのおにぎりも私が握らせてもらいました。幸せな時間でした。

 私は料理が苦手でした。先週のハウスミーティングでお父さんに、料理のことを質問させてもらったのも、料理が苦手だから。料理が好きという人は美しいと思います。料理が好きな人の大半は、きっと、作って終わり、ではなくて、作ったものを人に食べさせて、それで相手の幸せそうな反応が嬉しくて、幸せで、それだから料理が好きなんだと思います。それって、大きな思いやりと利他心で溢れていると思います。素敵だなって思います。

 私は摂食障害になって、料理なんてまともにしなくなって、大抵は料理していても途中で我慢できなくなってそのまま詰め込んでしまったりとか、味なんかどうでも良くなったり、最終的には、食えりゃあいい、みたいな感じで、どうせ自分一人だし、とても人様には見せられないものを自分だけで食い散らかして、見た目も味もどうでも良いと思っていたので、料理は避けてきました。だから昨日、なるちゃんからおにぎりの有志の募集があったときも、自分は台所作業が苦手だし、イメージもないし、迷ったけれど、でも、なぜか心の中で、やってみたいな、と思ってしまって、人数もちょうど一人少なかったので、思い切って手を挙げてやってみました。

 私は料理が苦手ですが、自分が作ったものを、人が食べて、その人の反応を見るのがとても苦手だったのが大きいです。否定されるのではないか、無理して食べていないか、美味しくないのではないか。そんな被害感情と不安の先取りをしてしまっていたので、もう自分が作ったものを人に食べてもらうなんて事はなかったです。

 食堂でまあちゃんとりゅうさんとやよいちゃんと握りました。おにぎりなんて久々に握りました。お釜から出したてのごはんはそれこそあっちっちで熱かったです。でも、握れるものなんですね、茹でたてのスイートコーンに塩を揉み込むのも、同じように熱いけれど、できるものなんです。なんてことないです。私は熱いのが得意でもなんでもないけれど、これを食べることで喜んでくれる人がいる、と思うとなんてことないです。美味しいの、握ったるでえ!の気合いだけで、どんな熱いおにぎりも握れると思いました。

 まあちゃんがごはんの量を量って鉄板に置いてくれたものを、握っていきます。梅干し2個入れて、ゴマ塩を手にまぶして、握っていきます。スピード感も大事で、美しさも大事で、浮き立った気持ちだけではできないものでしたが、これ以上ないくらい幸せでした。大好きな人のためにおにぎりを握ることができるというのがとても嬉しかったです。私が握ったおにぎりを、喜んで食べてくれる人がいる。誰か分からないけれど、これで、誰かが幸せな気持ちになるかもしれない。これを食べる人は、間違いなくなのはなの中の、私が愛しく思う大好きな人なのだ。そう思うと、とても温かくて、優しくて、愛しい作業のように感じました。

 しょうもないかもしれない。自分のことだ、と思われるかもしれない。でも、これも私の心の変化なのかな、と思いました。それは、有り難い気付きでした。おにぎりは料理じゃないよ、と突っ込まれるかもしれないけれど、きっと、料理をしても、私は幸せな気持ちになると思いました。今日の朝食当番で、味噌汁を作ったときも、作っている最中は時間と要領で結構一杯いっぱいだったのですが、みんなで朝食を食べているとき、ふと、みんなが今飲んでいる味噌汁は、私が作ったものだ、自分が飲んでもけっこう美味しいと思う、みんなも、これを美味しいと思ってくれるといいな、これを飲んで、ほっとした気持ちになったり、幸せな気持ちになってくれてるといいな、と思うと、嬉しい気持ちになりました。

 私にとって料理が、義務でもなくなり、相手の評価を気にする強迫観念より相手の幸せを先取りする温かさが上回った証拠だ、と思いました。ここに、自分の成長と、心が楽になったことを感じました。

 最近、自分は成長がないのではないか、と苦しんでいたのですが、そんなことなかった、と思いました。これは、有り難い変化です。
 いつか、私も温かい家庭を築きたい、誰かに笑顔で、温かい料理を振る舞ってその料理を一緒に囲んで幸せを感じたい、と思っていたけれど、私はもう摂食障害者だからそれはできないと以前は思っていました。希望が見えました。

 誰かを幸せにしたい。料理で、それができたら。そう思うと、普段の野菜切りでも、朝食当番でも、今まで作業と思っていたものが、もっと大事な、その先の温かい光が見える柔らかくて優しいものだったことに気が付いたと思いました。すみません、うまく言えないのですが。だから、夕方に野菜切りでしほちゃんやいよちゃんとトマトをカットしたときも、今までより全然楽しく感じました、もっとわくわくする、みんなの笑顔が見える、もっと優しいことのように感じました。

 

 今、ななほちゃんから四つ葉のクローバーのしおりをもらいました。ピンク色の台紙に、間違いなく四つ葉のクローバーが、大きく葉を広げて、私を迎えてくれました。Machiって名前も書いたので、もう私のものです。トランプみたいに広げて、みんなに配っているななほちゃんも、ものすごく可愛かった。これで幸せにならないわけないだろう。大事に使いたいし、大切な宝物になると思いました。

 みんなバレーのことを書くと思っていたので、私は敢えて別のことを書いてみました。今日も、みんな私に優しかったな。可愛かったし、笑顔をいつも向けてくれた。受け入れてもらっているという事実。温かみ。ありがたく、かけがえのないことだと思いました。しっかり噛みしめて、こんな未熟な私でも、ちゃんと生活させてもらえる環境があることを、日々に感謝しながら生活していかなければバチが当たると思いました。自分にいっぱいいっぱいになりたくない。ちゃんと、自分のしていることが、誰かの幸せにつながっていることに喜びを感じて生きていける、心と体を作っていきたいです。