「感受性」 みほ

7月12日

 今朝も空心菜の収穫に行きました。2日で3キロほど収穫できています。河原の畑で、水に浸っている株の方が葉が大きくて元気そうだと気がつきました。そのことから、諏訪の畑も、黒豆の畑の脇を通る溝につながる排水のところにおく土嚢の置き方を工夫していい具合に畑に水がたまるようにしました。そうしてから、葉が大きくなったように感じます。小さい頃は水に浸っていると脇芽が出にくそうだったりするけれど、今は水がたくさん必要なんだなと思いました。時期によって畑の水の量が違うことが分かったことが今年の新しい発見で面白かったと思いました。崖のところも、お父さんの教えてくださった溝切をして、溝の中腹を削って植えたら、このひどい雨で水没することなく大きくなっています。空心菜の水や溝切について、お父さんにもたくさん質問させていただいたし、やよいちゃんやなおとさんともたくさん考えて、今、きれいに収穫できてきて、嬉しいです。

 ハウスミーティングでお父さんに、「私は年を取って感受性がすり減ってしまったのですか。」という質問に答えてもらって嬉しかったです。お父さんは中学1年生の頃読んで泣いた本を今も同じように泣ける、感受性は年をとってもすりへらないよ、と教えていただいて、でも、感受性があることによって傷ついてきて心を閉ざしてしまうのだと教えていただきました。私は今は本を読んであまり泣けないけれど、小学生の頃はよく泣いていました。『あらしの夜に』という子供向けの小説がありました。それが、映画になって近くの文化センターでやっていたのを、母親と観に行きました。私だけが感動して号泣しました。家に帰ってから親に、何にどう感動したのか聞かれて「主人公のおおかみのガブと羊のメイが……」と自分がどこにどう感動したのか丁寧に一生懸命説明しました。その後、母親が、「メイは羊じゃなくてやぎだよ。」と言って、親は私を笑いました。私は親の笑いものにされ、ばかにされました。私はすごく寂しかったです。なのはなのお母さんと一緒に映画を見ていたら絶対、こんな寂しさは感じていなかったと思います。親は、「みほは感受性が強いから」といつも困ったように言いました。本を読んで泣けていたころの感覚が気持ちよかったです。今はなんだか自分でも自分が何を考えているか分からないような感じだけれど、その頃は自分の中にはっきりと大切なものがあった気がします。お父さんに質問に答えてもらって、言葉にできない安心感のようなものを感じました。お父さんが買ってくださった、新しいエッセイ読みたいです。最近、読書に夢中になっています。
 途中なのですが、おやすみなさい。
 ありがとうございました。