「イチジク」 りんね

7月12日

*晴れ

 今日は、晴れた。ずっとずっと雨だったが、今日は一日、ギラっとはいかないが、カラッと晴れた。とても嬉しかった。

 作業では、小豆とささげの牛肥まきと、土寄せをした。牛肥まきはバケツリレーだった。太陽のもと、牛肥を持って畑を走った。気持ちがよかった。
 日の光を、野菜も、私たちも、求めていた。やっぱり晴れた中動くことは、必須栄養素だった。
 それに今日は、暑かったけれど、風が冷たかった。作業が終わって、ふと冷たい風が吹き抜けて、滝川の水位が上がってごうごうと流れ、とても涼しくさっぱりしていた。
 みんなも久しぶりに外で作業ができて、嬉しいのか、表情がにこやかでかわいらしかった。

 

*イチジク

 イチジクの挿し木は、雨の間、水に悩まされていた。水たまりは解消したのだが、あそこはどうも水で土がふやけるみたいに、水はけが悪かった。

 そのため、3日ほど前に、雨の合間にさらに溝を切った。
 試しに、芽が出ていない挿し木の合間に鍬で溝をつけると、土からどっと水が染み出してきた。ああ、これをなんとかして畑の外へ、流さなければならない。
 挿し木の圃場につけた溝は3本。これを畑の外まで、縦に一本溝を切って繋げた。また、奥の短い一辺も、元から水が流れている水路まで繋げた。
 足元がどろどろだったし、一人だったけど、根性で鍬をふるった。
 だって、水は停滞してはいけない。水は流れなければ、腐って、どんどん悪い方へしかいかない。そんな圃場なんていやだ。
 そして結局、いい溝が切れたと思った。牛肥、牡蠣殻も追肥でき、もうやり残したことはないと思って、汗みずくで古吉野へ帰ったのである。

 

 そして昨日、また雨が降ったのだが、見回りに行くと、切った溝を、透明な、生きた水が流れていた。ああ、そうだ、水はこうでなくちゃいけない。水だって、流れたいのだ。そう思って、感激した。
 今日も夕方、様子を見に行くと、一日晴れたおかげで、あんなに水浸しだった土が、カラッと乾いていた。ただ、場所によっては乾いていないところもある。
 小豆の畑を見ても、水はけのいい場所と悪い場所とでは、格段に水はけのいい場所のほうが生育が良い。葉色も、背丈も、段違いである。

 イチジクも、あんなに狭い圃場であるのに、生育がまるで違う。
 幼木は、両端の2本が日に日に成長して、130センチくらいになっているのに対して、中の2本はその3分の1ほどで、葉色も黄色く、縮こまっている。

 土に含む水が、植物がのびのびと生きられるかどうかを大きく決めている。水のバランス、たったそれだけの違いなのに、一方はすくすくと伸び伸びと、高く高く枝を伸ばして濃い緑の葉を広げていくのに、一方は、うまく成長ができず、縮こまって、小さな葉は薄くまだらである。
 イチジクも、私たちと同じなのだと思った。私は、この上手く生きられない小さなイチジクと似ている。
 そうだとしたら、私は、この子たちをなんとか、気持ちよく、伸び伸びと生きられるようになるまで育ててやりたい。成長して、根を広げて、もっと広い範囲で生きられるようになったら、きっと、随分生きやすくなるだろう。それまで、絶対に枯れないように手入れしよう。
 この子達が、いつか両端の子達と同じくらい立派に育ってゆくことを、目標にしたいと思った。