「自分を横に置いて」 あやか

7月3日

○楽観的になること

 先日のハウスミーティングで教えていただいたことです。

 『何かを面白がってやることが苦手』という質問をしました。担当している事柄について、いつも(やらなければいけない)という義務的な気持ちでやっていて、面白がって取り組めないという質問です。
 お父さんは、悲観的であることが原因。良い未来を想像できなかったり、良い結果が出ると信じられていないと、面白く取り組めない、と教えてくださいました。
 人は本来、放っておけば遊びたがる。今やっていることに、面白さを見つけたがる。つまらなく取り組む方が、逆に難しいはずだと仰っていました。

 いちど悲観的な感じ方を身に付けてしまった人が、楽観的な人に転じるのはとても難しいことだ、とも仰っていました。自分自身、自分の悲観的な価値観をひっくり返すことは、簡単ではないだろうなという感触があります。楽観的な人が、どのような世界を見て生きているのか、想像することが難しいです。

 けれど、自分の悩みの原因が分かったぶん、悩みに向き合いやすくなりました。
 ここ数日、意識してみると、自分は何かを行おうとするとき、(上手くいかないのではないか)(効果が出ないのではないか)といったことを、頻繁に考えていると思いました。そういうとき、(きっと良い結果が出る)と思い直すようにしてみました。
 何かが楽しい、というところまではいけていないけれど、そうすると追い詰められたような気持ちが、ずいぶん軽くなると感じます。

 悲観的に生きていると、何をやっても楽しくないというだけでなく、物事を正しく評価することができなかったり、周りの人の気持ちも落としているのではないかな、と思います。自分の価値観を、楽観的に変えていきたいです。

○自分を横に置いて

 作業を進めていて、上手くいかない、と思ったことについて相談に行きました。

 お父さん、お母さんとお話しさせていただいていて、自分の価値観、認識に歪みがある、と感じました。
 ひと言で言い表すと、根拠のない偉そうな気持ち。人を信じない。自分しか信じない。そういう心持ちだと思いました。例えば、自分よりも年上の人。立場のある人。重んじるべき人を、軽んじて自分が上に立ってしまう。そういう不自然な態度が間違っていて、人を嫌な気にさせたり、自分自身を苦しくさせているのだと思いました。
 子供のころ、家庭環境から吸収してきた、間違った価値観、態度だと思います。

 普段、自分では、なかなか自覚できないけれど、私は歪んだ価値観を多く身に付けていると思います。そういう価値観を持ったまま生活していると、人とぶつかったり、ひとりで勝手にイライラしたり、作業がうまく進められなかったりします。

 自分の間違いを認めること。自分が今まで持っていた価値観を否定すること。新しい価値観を理解して受け入れることは、とてもエネルギーがいります。
 お父さん、お母さんが、校長室で話してくださった「おまえは今、こう思ってこう行動しているこれど、普通はこうだよ」というお話を必死で聞き取ろうとしました。正直なところ、瞬時に理解することが難しかったです。自分のなかで反芻して、落とし込もうとしています。必ず、わかりたいです。

 自分の未熟さから、周囲の人に当たってしまった。迷惑を掛けてしまった、という残念な気持ちがあります。けれど、自分の中の間違いが具体的な形で表面化して、自覚できたことは、良いことだと思います。
 自分の未熟さを誰かに許して貰ったぶん、私は自分の間違いを正して、良い方に変わっていかなければいけないです。自分を横に置いて、相手を重んじることのできる、平らかな人格をつくっていきます。