「自分の人生を生きること」 ひなの

6月25日

 自分のことばかりになってしまうのですが、最近思っていることを書きます。
 
 数日前、少し校長室でお話させてもらったとき、「失敗することを怖がってちゃ駄目だよ。失敗しても何しても堂々としていなきゃ」と受験のことで言って頂きました。
 失敗することを恐れている、と自分でも薄々感じていて、苦しい気持ちになっていました。
 合格できなかったら格好悪い、見捨てられるのではないか、という恐怖心がありました。似たような恐怖心が、なのはなに来る前に中学受験の勉強を始めた頃にあったことを思い出しました。
 でも、それはなのはなでは必要無いのだと思いました。そういう怖さを持つことは、お父さん、お母さん、みんなに対して失礼だと思いました。
 
 もちろん、結果を出す勉強をすること、みんなが畑で効率良く作業しようと思いながら動いているように、私もみんなと同じ気持ちで効率よく勉強することは必要です。
 けど、結果を出すのは、失敗して見捨てられたくないというような自分を守るためではなくて、みんなの希望になること、私がりかちゃんやまゆみちゃんを希望だと思うように、いつか同じように勉強するかもしれない誰かに安心して勉強に取り組んでもらえるようにするためなのだと思います。
 自分を守る気持ちが、一周回ってものすごく利己的な気持ちになっていたことに気付きました。

 失敗を恐れている、ということに関しては、勉強に限ったことではありません。
 私がお父さんに何か質問させて頂くとき、お父さんは、「臆病だからだよ」と答えて下さることが多いです。
 その臆病さは、失敗して怒られたくない、怒られるところをみんなに見られて冷ややかな目で見られたくない、という気持ちから来るものです。そう思うようになった強烈な出来事が幼稚園の頃にあって、それが原因であることは分かります。でも、いつまでも過去にしがみついて、フニャフニャした人をやっていてはいけないです。
 臆病になって引っ込んで目立たずにいれば、失敗することもないだろうし、怒られることもないだろうけど、成長することもないと思いました。
 私がこんなにも成長が遅いのは、出来が悪いことを良い理由にして、出来が悪いから前に出ずに責任をとらない立場にいて間違いないでしょ、というスタンスでいるからだと思います。そうやって成長が遅くて出来が悪いことを言い訳にして、成長しないことに甘えていたと思います。「自己否定していたら楽」とお父さんがいつも話して下さることにも通じます。
 先日、畑の小チームの会議でやよいちゃんとチームの人と話をした中で、「失敗して怒られたら私が責任とります」とやよいちゃんは当たり前のようにハッキリと言っていました。
 この間の父の日の会の後、衣装を着替えながら「畑の質問しに行くとき、この衣装着て行こうかな。いつも怒られちゃう」とななほちゃんは笑いながら言いました。
 二人は畑のチームリーダーさんで、私には想像もできないような葛藤とか大変さとかもあるのだろうな、と思います。けれど、とても生き生きとして輝いて見えます。それは、二人が失敗や怒られることから逃げずに、責任を持って向き合っているからなのだろうな、と思いました。
 怒られることは誰でもあまり好きではありません。だからと言ってそこから逃げるのか、それとも向き合うのか。成長できるかどうか、生き生きと生活できるかどうかは、その違いなんだと思いました。
 怒られてもいい、嫌われてもいい、潔く割り切ってしまう勇気が、私には必要だと思いました。怒られたり嫌われることも受け入れる、そういう潔さも必要です。その勇気を持つには、根底に絶対的な利他心も必要です。もし出過ぎたり、間違ったりしたとしても、根底に利他心さえあれば他人の目も嫌われることも何も怖くないです。
 
 私はもう、今とは正反対の自分になりたいです。
 仕事が速く正確にできるようになりたい、ソフトバレーも上達したい、など欲しいものは沢山あります。もし大学に進学するとしたら、身につけなければいけない社会性、教養も山ほどあります。
 けれど、一番は、毎日の生活をもっと生き生きと過ごせるようになることです。ここでしか得られないもの、ここでしか感じられないことを、心をめいっぱい使って吸収できるようになることです。それは、イコール何にも囚われずに生きることです。誰かの期待通り、誰かの目を気にする人生ではなく、自分の人生を生きることです。

 お父さん、お母さんは、私は内側に強さがあると言って下さります。
 私は、(本当はこんなんじゃないんだ)、と誰に言うでも誰に対して思うでもないけれど憤りに似たような気持ちがあって、なので、お父さんとお母さんが深く理解して下さっていることにとても安心します。
 急に変わったら変だと思われるんじゃないか、と思っていたけれど、お父さんとお母さんが本来の私を理解して下さっているから、変わっていいし、変わらなければいけないです。
 この際、大人しくて穏やかなひなのちゃん、という殻をぶち破ってしまいたいです。
 やよいちゃんのお誕生日に、「やよいは最初は大人しくてボーッとして輪郭のハッキリしない子、という印象だったけど、今は活発で全然違う」というようなことをお父さんが仰っていました。私も、そんなふうに変わりたいです。
 大きな声では言えないけれど、いつかミニあゆちゃんになれたらいいな、と思います。今の私と同じ19歳の頃のあゆちゃんのように、なれたらなと思います(その頃のあゆちゃんに会ったことはないけれど)。
 
 自分のことばかり、すみませんでした。ありがとうございました。