「なのはなの夏を豊かに」 りんね

6月23日 

*今朝

 今朝は、なるちゃんとの台所作業から始まった。昨晩からそのことを知らされていて、とても楽しみにして眠っていた。
 台所作業は1時間で、次の1時間はキュウリの作業に合流。限られた時間で、味噌汁とお茶を作って、なるちゃんとアスパラを切った。なるちゃんの笑顔に見送られて、今日1日の元気が湧いてくるようだった。

 

 キュウリは、すでにえりさちゃん、さやちゃん、めぐみちゃんが収穫と水やりを終えてくれていた。私は、丁度昨日、お父さんに聞いてみようで教えていただいた“子蔓の整枝”から作業に加わった。

 整枝。これはごくごく楽しい作業である。親蔓から一本、一本、子蔓を辿って、整枝をして、初めて、今のキュウリの成り立ちがよく見えてくる。
 まだ孫蔓はほとんど伸びていなかった。
 これは子蔓の整枝第1回目で、まだ整枝するに足りない子蔓もある。難しくなってくるのはこれから、孫蔓も伸びてきてからで、孫蔓に実をつけたいから、間違って孫蔓を切らないようによく気を付けなければならない。
 今日終えたのは3畝で、まだ7畝は手つかずである。これから、どんどん整枝を経験して、プロフェッショナルに近づいていきたい。

 今日のキュウリの収量は、なんと14.3キロ。今年の収穫が始まって以来の最多である。それも、まっすぐな美しい実が7割ほど。本当に素晴らしいと思う。
 うまく軌道に乗ったのだ。本当によかった。これからが本番であり、緊張もするのだが、もうこれから先はこのままいい流れで、大成功まで、続いていく予感がする。
 キュウリが元気に成長し続けるために、必要なことが見えてきている。それは、とにかく毎日たっぷりと水やりをすること、こまめな収穫、誘引、整枝の細かい手入れを毎日すること、次に一週間に一度の化成肥料の追肥、3週間に一度の牛肥やり、草取り。
 梅雨後でも、畝を分断するように溝を切ったおかげで、“全く”水が溜まらないことも、強みだと感じる。
 もし何かあっても、毎日キュウリを見ていたら、即時対応できるだろう。
 今までずっと歩み続けてきた、えりさちゃん、さやちゃんと、今では強い信頼が築かれている。2人がいたら大丈夫だと思える。
 今年は、キュウリの一本漬けを存分に、みんなで食べて、ぬか漬けも、嫁入りも、豊富にして、なのはなの夏を1つ、豊かにしたい。

 

*挿し木のすだれ

 細々作業の時間で、私はあやかちゃんと一緒に西洋クルミとハシバミのすだれの設置をした。
 朝の時間に、あやかちゃんが挿し木の移植先、モモの苗床の跡地を耕し、挿し木を植え付けてくれていた。挿し木が植わっている土が、十分に水やりをされた細かい土で、ムースのようにふわふわしていて、あやかちゃんの愛を感じた。
 すだれは、1.5メートル竹を外周に6本立てて、横竹と天井を抱っこちゃん結びで取り付けた支柱に、1メートル幅のすだれを覆いかぶせて、縛り付けた。
 これがなんと、すだれ一枚が見事に苗床のジャストサイズで、驚嘆した。すだれを取り付けると、明らかに目にも涼しく、実際に、砂漠の中のオアシスのように、すだれの下は心を潤わすような涼しい憩いの空間になった。
 すだれは、日光を微かに透過するので、森の中の木漏れ日を浴びて育つ芽のように、生き生きと挿し木が育ってくれたらいいなと思う。

 そのあと、残った時間でイチジクの挿し木のほうにも、すだれを取り付けるための支柱立を行った。イチジクのほうはかなり面積が広く、西洋クルミやハシバミのように一筋縄ではいかなかった。
 今日は縦竹を立てるのに留まったが、また明日、すだれを設置したい。
 イチジクの挿し木を見ていると、不死身なんじゃないかと思うくらい、けなげに芽を出して、一生懸命、伸びようとしている。すだれを取り付け、水やりもこまめに行い、どのイチジクたちも揃って、しゃんと伸びられる環境が作れたらいいなと思う。

 

*小豆の定植

 お昼、配膳をして、野菜切りをして、その間熱が溜まる靴を履いていて、私はかなりくたっとしてしまった。ああ、暑い、熱が溜まる、どこか涼しい場所へ行きたい……。
 そんな中、17時から、通りがかったのりよちゃんの軽トラに載せてもらって、畑へ、小豆の定植へ行った。
 初めはさすがに暑いな、と思ったが、無心で植え付けをしていると、いつの間にか体の熱が放出されて、時折吹く風が夕暮れの冷たさをはらんでいて、心地よかった。
 熱で煮立ってしまっていた私にとって、この畑が、居場所だった。長い長い畝。小豆を植え付けて奥へ奥へ進んでいくにつれ、日が暮れて、それとともに生き返っていった。

 リーダーのまえちゃんは、とにかく豆を全部植え付けたい一心で熱血だった。まえちゃんの気持ちがすごくわかって、最後は私も、みんなも、全力のダッシュで水路から奥の小豆まで、水やりに奔走した。
 風を切って走る。空ジョウロ片手に、那岐山に向かって走る。体が軽い。すれ違うみんなの表情が、なんだか嬉しそうで、にこにこしていた。
 最後はなのはなの子が小豆畑に集結し、間もなく全ての苗に水が行きわたった。

 終わった。ふと周りを見ると、瑞々しい水田の緑の向こうに、靄がかって青緑に佇む那岐山の姿があった。
 その清々しさ、山に囲まれた水田地帯で、仕事を終えて家路につく感覚。湿っぽいけれど、微かに冷たい空気。“ああ、ここは確かに、昔からの6月の日本だ。”と感じた。

 ほっとして、急にお腹がすごく空いてきた。古吉野に帰れば、お父さんお母さんもお仕事組さんも、みんながいる食堂で、マグロの竜田揚げという、今まさに求めていたようなご飯が待っていた。
 なるちゃんが揚げてくれた竜田揚げ。脂が乗っていて頬がほころび、体にしみわたる。キュウリの酢の物と、キャベツの塩こうじも、こんなにおいしいのは、特別だった。
 こういうときに心にしみわたるキュウリが、ちゃんと食卓に出せるようになっていて、本当に嬉しい。

 

*絵

 お昼の集合で、お父さんにリトグラフや、油絵を描きたい、みんなに描いてもらいたい、という思いを聞かせていただいた。
 私も、けいたろうさん薬局に並ぶときに、つい廊下に飾ってあるリトグラフの絵に見入って、素敵だなあと思っていたところだった。
 私も、絵は好きである。小さいころから絵を描いていた。
 けれど、お父さんも仰っていたように、描くことはやはり苦しさを伴って、今は少し絵から遠のいていた。
 それでも、お父さんのお話を聞いていると、やっぱり絵に惹きつけられずにはいられない。お父さんのお母さんとお父さんによるちぎり絵、お母さんの油絵、古吉野の校舎に誇り高く厳かに、静かに飾られている絵たち。ふと目をやったとき、優しく、心に染み入る。

 お父さんのお話の中で、藤井先生の版画のことが出た。私は、藤井先生に会いたい症候群になりそうだった。
 藤井先生の版画。なのはなのお客様玄関にかけられた、目を覚まされるような藍の中の白い花の絵。毎年、年賀状でギター教室の1人ひとりに配っていただく版画。私たちの宝物。
 藤井先生の版画は、深淵な優しさ、美しさの中に、切なさがあって、まさしく藤井先生の心なのだろう。見るだけで、涙が出てくるような絵だ。
 もし、もしも藤井先生の版画教室があれば、本当に行きたいなと思う。そこでなら、今までよりももっとあるべき形で、絵が描けるかもしれないと思う。
 藤井先生に会える日を心待ちに、一生懸命明日も頑張りたい。