「密のように甘いイチジクを夢みて」 りんね

6月22日

*嬉しい1日

 今日は本当に、とてもとても嬉しかった。
 早朝から、2時間、チーム作業ができたのだ。また、細々作業の時間もあり、そこでは念願の、イチジクのCRCカミキリムシ対策も行うことができた。

 早朝は、主にキュウリの手入れを行った。収穫、誘引、草取りに水やり。
 日が経つごとに、キュウリの実はきれいになっている!
 実がなりはじめは、短く太かった。つやがあってきれいだけれど、栄養不足で、ちょっと早めに子孫を残したい様子だった。
 それから牛肥たっぷり、化成肥料も適度に与え、水やりをたっぷり欠かさず行う日々で、まっすぐにキュウリらしい太さで伸びる実になっていってくれた。
 収穫するとき、20センチあるけれど、まだ少し未熟な細い実もあった。私はそれも許容範囲かな、と思って取ってしまっていたけれど、えりさちゃんが、「もっと太い、これくらいで取りたい」、と言ってくれて、“ああ、確かに、えりさちゃんが持っているキュウリが、一番美しい、キュウリらしい姿だな。長さは横に置いて、ここまで立派になってから収穫すべきだな”と考えを改めることができた。
 自分の中に確実な理想像があると、それを軸にキュウリを見て、手入れすることができる。キュウリについて、これだ、という軸を積み重ねられることが本当に嬉しい。

 イチジクだが、今まで別な人に水やりを任せっぱなしにしてしまっていた。今日、ABパターンを変わってもらって、水やりを私も行かせてもらうと、今までやっていた量が気持ち程度といった風で、全然足りていなかったことを知った。
 これから、水やりをするときは自分で赴いて、判断をして、挿し木や幼木が本当に求めている量を、状況に応じて与えていきたい。
 だが、ちょっと私は逆に、与えすぎになりそうなところであった。焦って、“挿し木一本500ミリリットルは必要であろう、300本となると、6リットルジョロ2杯を持って、幼木も合わせて15往復必要……プールとの距離が遠すぎるなあ、2人でやっても、ABパターンの時間にコンスタントにやるのは少し厳しいなあ。石が積み重なっているあたりにタンクを設置できたらいいのになあ”と頭を走らせていた。
 けれど、あやかちゃんに実情を言ってABパターンに終わらなかった水やりを一緒にしていると、今日は土が結構湿っていて、そんなに必要ないのではという意見をもらった。
 今枯れてしまったのは、カンカン照りのときに土が乾いていたからであって、そういうドバドバ水をやるべきときに、協力して水やりを行えばよいのではないか、と教えてもらって、その通りだと気づかせてもらった。
 あやかちゃんの冷静で優しい言葉に本当に救われた。

 細々の時間、ついにCRCカミキリムシ対策を行うことができた。
 ラップを巻き、上から、モモのネット作りで余った、端切れを巻き付けて、スズランテープで縛って、CRCを吹き付けた。
 私がラップを巻いていって、あやかちゃんが端切れとCRCという流れになり、かなり美しくイチジクの根元に処理を施すことができた。
 これは木に害はないし、手軽だし、効果があれば、本当によい対策だ。お父さんの、ラップを巻き付けるという案が、イチジクの木に優しかった。

 残念なことに、カミキリムシはいなくなる、ということは不可能のようで、毎日見回れば圃場に2匹以上は成虫がいて、幼虫も木を食い進めている。最近見るのは、もっぱらルリボシカミキリで、浅黄色のとてもきれいな成虫である。私は、残酷にも捕まえて成敗する。
 だから、CRCで対策することと、これからは枝を数多くはやして、あやかちゃんに言わせれば「弱い枝を食わせて強い枝を守る」作戦で出方を見ようということになった。

 主となる枝を作らない。やられても、また生やせばよい。
 私は今まで、木とは、主からなるもので、主の幹が命である、と思っていたから、こういう考えは、受け入れるのが難しかったが、今となってはイチジクとはそういう、どんどん生えてくるという果樹なのだと認識することができた。
 挿し木が容易なのも、次から次へと生えてくるのも、イチジクの性質であり、それだけにちょっとはカミキリムシにくれてやるのが自然の摂理なのだろう。そのことを知れば、気持ちも随分楽になってきた。

 最近、イチジクのことを考えると、イチジクが好きでたまらないことに気づく。
 以前陶芸教室で、苔ポットを作った。一つはなす。次はイチジク。どちらも受け皿に葉を形どった。
 どちらもかなり自信作となった。美しい野菜を形作ること、葉の葉脈を刻むこと。なんて楽しいのだろう。
 イチジクは、田んぼの泥土で作るのにとても似合った、落ち着いた、イチジクらしいイチジクが作れたと感じて、満足した。
 実はシンシャ、葉はオリベで色付けしていただくようになった。なすは、なすにぴったりの色があると、先生に教えていただき、是非それにしていただくことにした。瑠璃を薄く塗るそうである。焼きあがるのは緊張するけれど、とても楽しみだ。

 私は、宝石のように中身が赤く熟して、蜜のように甘いイチジクを想像しているのだが、またいつか、来年にも実現すると思う。今年も、駐車場の夏果は僅かとなってしまったが、秋果はたくさん採れると思う。秋果は新梢につく。赤ちゃんの実がたくさんついているのだ。
 みんなには、十分熟した状態で食べてもらえるようにしたい。数があれば、念願のドライイチジクも是非やりたい。
 イチジクは採れ始まると霜が降りるまで収穫できるそうだ。イチジクがなのはなの食卓、またはお菓子として、みんなが純粋に嬉しく食べてもらえるように、いつか軌道に乗っていけるように、思いながら手入れをしていく。