「自分をなくす」 まこと

6月17日 夜

〇自分をなくす
 養老孟司さんの『「自分」の壁』を読みました。最後の章の最後の文章が、ぐさりぐさりと刺さりました。「周りから見れば、その人自身が厄介ごとを招いている、ということもあります。他人や社会との距離の取り方、かかわり方を間違えているのかもしれない。しかし、逃げてきた人には、そのことは見えない。~他人とかかわり、ときには面倒を背負い込む。」「そういう状況を客観的に見て、楽しめるような心境になれれば相当なものでしょう。しかし、社会で生きるというのはそのように迷う、ということなのです。~なにかにぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、というのことを繰り返すことになります。しかし、そうやって自分で育ててきた感覚のことを、『自信』というのです。」
 
 もう一冊、本が棚に戻っている時にちょっとずつ読んでいるのが、仲道郁代さんの本です。無茶苦茶面白い、そして、この方のように、生きることがあるべき姿であると感じます。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらピアノに向かい続ける。家族みんなが仲道さんのピアノの時間を確保する。ピアノをする大変さと音楽への想いの深さ、ピアニストとは孤独に耐えられなければなれないとおっしゃいながらも、それを楽しんでいるようにしか、それを愛しているようにしか思えないような文章。読ませていただき、仲道さんの謙虚で優しく深い生き方、周りの人への感謝で生きておられる姿勢。こうあるべきだ、そうなんだ、うわーー。
 
 ごめんなさい。今まで本当に大間違いの大勘違いで生きてきたのが、本当に恥ずかしい。じゃあ、今、一番めんどくさい方を選ぼう。明日も子供みたいに嫌だ嫌だ言わないで、できることをやらせていただこう。今日も、仲道さんの本のお陰で、思いあがった自分を感じ、目のまえの自分の役割をその場で求められているのは、と気持ちを沿わせられたと思います。養老さん、仲道さん、ありがとうございます。すぐにわかった気にならない、自分の感覚を信じないようにします。