「一番必要なもの」 ゆい

6月2日

 今朝、下町川下畑の太ネギを一度掘り起こす作業から一日がはじまりました。あけみちゃんとまなかちゃんと出掛け、日中の作業にむけての準備でした。
 下町川もネキリムシが多く、いつも株がやられていました。午後一番にみんなに協力してもらい、ネキリムシ撃退をしようとしたのですが……、いない。
 最初は、いくつとったか数えて表彰しようなんて話していたのに、とれたのは、れいこちゃんと私の1匹ずつのみ。原2畑のイメージがあったので、拍子抜けだったのですが、これで明日から太ネギがやられないならそれに超したことはないです。(お願いだから、もう食べないで欲しい)
 葉ネギも再定植後は順調そうです。昨年の九条ネギをほりあげて干したりしていたのですが、たまたま、ウリ科の蔓割れ病などに効果があると知り、(なんとベストタイミング)と思い、蔓割れ病を心配していたななほちゃんに言ってみたら、「お父さんがやっていいって!」ということで植えてくれたそうです。なんとなく、良いタイミングというのはあるものなのだな、と思って、そういうときは嬉しいです。

 話は太ネギに戻り、下町川下での再定植は、予定の人数よりも多かったので助かりました。その後は、お父さんお母さん指揮のもと、みんなで白大豆の植え付けをしました。双葉の下まで土をかけ、本葉が一列になるように植えていきましたが、本葉と双葉は同じ方向でなく90度違う方向なのだなと改めて思いました。お母さんが、ちょっとでも水がはやくもらえたら、作物は嬉しいよね、という話をしてくださったのが嬉しかったです。
 初めての畑は、横に水路があって、良い場所でした。なのはなコースを走るときや、奈義コースのときにいつもみている場所で、これからここを通るときはより、楽しみになると思います。マラソン練習が終わっているこの時期に、あの周辺を通ることはあまりなかったのですが、いつも木蓮や、ムスカリなどの花が綺麗に咲いている民家の前の通りは、色とりどりの花が咲き、本当に美しかったです。ピンク、オレンジ、紫、朱色。あまり見慣れないような花もありました。

 
○夜の集合で幸せを感じることについての話がありました。
 幸せは、何か条件を得て、感じるものではないです。今、思い通りにいかないことがあってそれを自分で乗り越えたり、良いことがあったり、日々の生活の中に幸せがあります。外に行って自由になって幸せになるわけでもなければ、何か資格を得てから感じるものでもないです。幸せを感じる心をもっているかどうかだけです。今をモラトリアムにするか、今、楽しめるか。今の現実を楽しむ豊かな心を、もつことができればいいのです。本当に、それが一番欲しくて必要なものだと思います。なのはなの生活が、一番豊かなのです。

○昨日のミーティングでの話
 ノームのミーティングがあり、私が質問したことに対するお父さんの解答を、今日意識していたら、本当に思い当たってきて、驚き、お父さんの教えてくださった通りで本当にすごいと思いました。
 何かというと、私は思考のジャグリングが酷すぎて、いつも関係ない過去の映像や、見聞きしたこと、最近の脈略のない出来事、映像が絶えず頭を入れ替わり立ち替わり出てきてしまうことがあり、そういうとき、集中ができずに困っているのですが、お父さんが、それは、過去の良い出来事ではなくて、自己否定に近いような、失敗した出来事ではないかということでした。
 私は、全然違う出来事が頭に出てくるので、(意外だけど、そうなのかな?)と思って意識してみたら、本当に、それは心配がからんでいると思われる内容でした。
 全然関係ない過去の出来事だと思っていたけれど、実は、「あのとき、自分は大丈夫だったのだろうか、間違っていたのではないか」と不安に思ったことが解消されていなかったり「酷いことをして、最悪な評価を受けてしまったに違いない」と後悔していること、なんとなく漠然とずっと不安に思っている状況の周辺のことが頭のなかに出てくるということがわかり、驚きました。
 私は、いつも(大丈夫だろうか。間違っていないだろうか。失敗しないだろうか)という不安、心配が、自分で意識しているよりはるかにつきまとっているということに気付きました。いつも漠然と抱えてしまっているこの、落ち着きのなさ。その裏返しが、頭の中に出てくるジャグリングの正体だったと、お父さんのお話を聞いて、分かりました。お父さんが、以前、「それは焦りだよね」と言ってくださったことがあり、その時は意味が分からなかったのですが、こういうことだったのかと思いました。