「ためらいも壁も作らず」 あす

5月31日

 今日はなつさんのお誕生日でした。なつさん、お誕生日おめでとうございます。
 夕食のコメントであれを言おう、これを言おうと考えていて言いそびれてしまいました。
 今までの感謝の意味も含めて思いの丈を書かせていただけたらと思います。

 3か月前になのはなに来てばかりの頃、みんなはミーティングをしていて、新しく来た私を含め数人は朝から桃花づくり、豆の選別とセブンブリッジをずっとやってました。
 大変シリアスな時期に私を受け入れてくださったみんなとスタッフさんに感謝してます。

 来てばかりで訳が分からず、ただ座っているだけで疲れていました。
 ある日、読書感想文の「アメリカよ、あめりかよ」を読んでいて、どうしても横になりたくて、断わりを入れてなつさんのいた5年生教室のソファーで仮眠してました。
 30分ほどしたところで、
「今寝ちゃうと夜ねむれなくなっちゃうから」
 となつさんが起こしてくれました。

 良く晴れた日で早朝ランニングでヘトヘトだった私はなつさんに促されて、田んぼがひたすら広がる梅木コースの途中まで、なつさんと散歩させていただきました。
 なつさんの車いすに私は必死にトボトボついていきました。

 ~してあげている、でもなく、可哀想だから付き合ってあげる、でもなく、すっと自然に寄り添ってくれて、ずっとほとんど喋っていてくれて、救われるってこういうことだな、こうしてほしいって言ってないのに、どうしてほしいかも自分で分からないのに、私の様子を見てドンピシャをやってくれているな。
 私はこんな人に出会ったことない、と不思議に思ったことを思い出します。

 その時は知りませんでしたが、なつさんは車を運転できます。
 どうしてその時、車じゃなくて、車いすでお散歩してくださったのか。
 上手く人に頼れない、弱音を吐けない自分にとってとても贅沢でありがたい時間でした。
 あの時は、なつさんが話してくれている最中も自分の頭の中は教えてくださった話に突っ込んだり、話とは別のことが常に頭の中に流れてしまってました。
 まるでバッハのソナタのように同時に何重もの旋律が頭で鳴り響いてました。

 卒業を間近に控えていた卒業生が、「私はなのはなに来て笑ったことがない。これからも絶対に笑わない。」とお父さんに宣言していたのに、ある日ものすごく可笑しな面白いことがあって爆笑した方がいたこと。
 東京にいる卒業生で自分のパン屋をいつか開くために、一流のパン屋さんで修業している人がいること。
 会社の連休を使って1か月間だけなのはなに戻ってきてエネルギーをチャージしていく大阪に住む卒業生がいること。
 なつさんはなのはなのあり方をごり押しするのでもなく、私を批判するでもなく、前からの友達であるかのように前を向いて車いすを回しながら明るく一生懸命話してくれました。

 今この瞬間に、目の前の私に100%で向き合ってくれている、色眼鏡なく、なつさんの全力を私にむけてくださっている。
 それは、その時私が家族や親友、友人に求めていたことでした。

 なつさんは何のためらいも壁も作らず、さっと問題を直視してガッと向き合ってくれると、初めて話した時から感じました。
 きっと、今まで色んな問題に正面から向き合って一つ一つ解決策を見出して来られたんだ。
 だから赤の他人の相談にも周り道や逃げ道にそれずに、真剣に寄り添えるんだ、とじんわり感じました。

 思春期真っ盛りの9歳~14歳の約4年間、アメリカで外人として生活をして、不本意に人種差別をされたり、喧嘩するにも何かを主張するにも、英語ができなくて相手にまくし立てられて悔しくてたまらない思いや、英語ができない親に頼れず、手探りで自分の道を切り開いた自分に似たところがあるかもしれない、と思いました。
 来て間もない私の出方をうかがったり、当たり障りのないことを言ったり、様子見をせずに、なつさんはガっと一瞬で壁を取っ払って向かってきてくださいました。

 それ以降、なつさんに相談させていただくと厳しいことも言われるようになりましたが、お父さんやお母さんのことを深く理解されていて、いろんな卒業生の方も見られてきて、私もいつかなつさんと同じ景色が見えるようになりたいと思います。
 なつさんのトレーニング時は、気持ち良く助けてもらっている姿を見せてくれます。
 のんちゃんやはるかちゃんも気持ちよく助けています。この関係が素敵だと思います。

 なつさん、お誕生日おめでとうございます。
 なつさんのように必要以上に背伸びをしないで自分の足で立っていける大人に近づきたいです。