「一本道」 さやね

5月24日

 税理士先生と面接をさせていただきました。とても貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
 先生は、税法には三つの解釈があると教えてくださいました。一つは、たくさん税金を取るための法律。税務署の人たちは税法をこう解釈します。二つ目は、納税者の権利を守るための法律。余分な税金をなくし、できるだけ少なくするために税法を解釈します。
 そして三つ目は、純粋な法律としての解釈。この法律は何を言っているのかという、法律の解釈です。このとき、納税者にとって不利になることもあります。
 自分はどの立場に身を置いて、法律を解釈するのか。条文には、「不当な」「著しい」「時価」などという、曖昧な不確定概念が多くあります。遊び、裁量が多くあるのです。「1+1=2」ではない。そのとき、一人の法律家として、「人と時間、場所」、高い倫理観を持って、答えを出していく。それが税理士の宿命です、と話してくださいました。

 お母さんお父さんからお話をいただいてから、先生と面接をさせていただいて、内定をいただきました。流れるように、今があります。
 今朝、食堂の席に着こうと椅子を引いたとき、「さやねちゃんへ」というお手紙が置いてありました。なおちゃんからのお手紙でした。なおちゃんの字で、なおちゃんの優しい字でした。
 良い一日になりますように――。気が付けば、私のそばにはいつもなおちゃんがいて、なおちゃんが、さやねちゃん、と手を伸ばして、いつも一緒に手をつないで、なのはなのみんなと繋がって、私はなおちゃんとみんなと一緒になのはなの道を歩ませてもらっていました。
 
 私は、自分という存在は本当にちっぽけなもので、自分の手の届かないところで、神様が、こうしてくださっているのだと思いました。お父さん、お母さん、なおちゃんは、そのことを知っているから、なにも焦らなくて、なにも心配していなかったのだと思いました。
 
 私の目の前にはもう揺るぎのない一本道があるのだと思います。お父さんとお母さんは、ただただ安心して信じていて、私がよそ見をして落っこちそうになっても、本当には落っこちないことを知っていると思いました。私が自分で思っていた私は取るに足らない間違ったものでした。生きる道はもう決まっていると思います。
 神様が見ている、お父さんお母さんが見ている私を私は生きます。それはなおちゃんが見ている私、先生が見てくださる私です。私はなのはなのさやねです。

 夕方、古吉野に帰って、みんなと一緒に稲の苗に水をやりました。そのとき、きっとなおちゃんがお仕事に出かけていったと思います。こんなに誠実な人は他にいないと思います。

 浮ついたり、驕る気持ちは決して持ちません。私は未熟です。まだなのはなの外に出るには青すぎます。しかしそう言うのも甘えだと思います。
 勉強して、誠心誠意、勤めます。
 お父さん、お母さん、ありがとうございます。頑張ります。

(全く違う話ですが、『吉里吉里人』を読み終えました。とてもとても面白くて、幸せでした。米作り、農業、生きていくことを、なのはなでみんなと一緒に精一杯にしていきます。ありがとうございます)