「人間らしく」 れいこ

5月12日

 午後から、マクワウリの寒冷紗を掛けました。
ゆりかちゃんといよちゃんとちせちゃんと一緒にやりました。
 吉畑奥の1面をすっぽり覆ってしまうほど、大きな、真っっ白の紗をかけます。
 ところが、人数が4人……!?
 作業発表を見たときは、ギャー!!と叫びたくなるほど、ショッキングでした。
 でも、ゆりかちゃんが「よし、やろう!」といういつものような前向きで明るい声掛けをしてくれて、かすかに希望が湧いてきました。
 初めに、グラウンドで斜をめいっぱい広げ、横幅はそのまま、縦は1m幅で折りたたんでいきました。
 そして、それを吉畑奥の、二重ハウス側から固定し、パタンパタンと広げていきました。
 1番最初が、1番風にあおられてとても重たかったけれど、斜が広がっていくにつれて、ロールが軽くなってきて、3分の1くらいまで進むと、これはできそうだ!と思えました。
 その後はとても順調に進み、このまま心穏やかにできそうだと思い始めたその時、マクワウリが2株横たわっているのを発見してしまいました。
 そういえば、今朝、行き違いで水やりが行われてしまったと報告を聞いたのだった。
 2日連続水やりをしてしまって、もしや病気が広がったら……という不吉な予感が、当たってしまった。
 またもや、私の頭は、突然の嵐のように、騒がしくなりました。
(私という人間は、なんて騒がしいのだ!!)
 私は野菜を育てているのではない、野菜に振り回されているではないか。
 これはおかしいぞ、と思いました。
 1年生教室へ行き、あゆちゃんに尋ねました。

 あゆちゃんは、私の気持ちも、私がどう困って、本当はどうなりたいのかまで、全部分かってくれていました。
 間違っているわけではない、悪いわけでもないけれど、正しくない。
 自分では言葉に言い表せなかったモヤモヤを、あゆちゃんが丸ごと理解してくれて、まっすぐに伝えてくれて、それを受け止めるのは一瞬苦しかったけれど、とても安心した気持ちになりました。
 私は、本当の本当のところでは、自分がなくて、嫌でした。
 悪くないけど、つまんない、自分が嫌でした。
 本当は私は、もっとど根性で、もっと面白いからです。
 では、そんな風になってしまったのは、どうしてだったのかなと考えました。
 なのはなで、みんなにこんなにも良くしてもらって、深く理解してもらって、とっくに安心していいはずなのに、自分でも見えないような心の片隅で、残酷な転校生の役を勝手にやり続けてしまっていたんだ、と思いました。
 今、こんなに大好きでも、大好きでいてくれていも、私が引っ越したら、あっという間に忘れてしまうんだ。そしてまた、新しいところで、誰も知らないところで、一から自分を知ってもらわなければいけない。
 相手にがっかりされてしまったら終わりだから、という常に張り詰めた気持ちが、いつのまにか体の一部のように、私に染み着いていました。
 だから、みんなをがっかりさせたくないために、1つたりとも枯らしたくなくて、野菜の元気がないと体の隅々まで悲しさでいっぱいになってしまったのだと思いました。
何度も投げ出したくなってしまって、挙句の果てには、誰かに腹を立ててしまったのだと思いました。
 そんなの、優しくなかったです。普通じゃなかったです。
 野菜作りを通して、適度に心配をして、行き過ぎるのでもなく、放置してしまうのでもなく、1番楽しみながら、持続可能に気持ちを使うことのできるポイントを見つけていくのだということを、あゆちゃんが教えてくれて、その言葉がものすごく納得できました。
 私は、変わりたいです。
 せっかくなのはなに居させてもらうのだから、思いっきり失敗もして、怒られたり、痛い思いもして、思いっきりみんなに助けてもらいながら、人間らしくなっていきたいです。
 みんなとお互いさまで、一緒に野菜を育てます。
 試練も楽しんで、乗り越えます。
 とりとめのない日記になってしまって、すみません。

 今日は、家族総出で播種ができて、お米の誕生日をみんなと祝えて嬉しかったです。
盛男さんや永禮さんも来てくださって、また次の1年間、みんなで食べるお米を、自分たちの手で種から作れることが誇らしいです。
 それから、午後に私が投げ出してしまった後も、ゆりかちゃんたちが5時以降まで、斜を張ってくれて、夕食後落ち着いてもう一度畑に行ったら、端まで美しく束ねられていたのを見て、びっくりしました。
後から、ゆりかちゃんがいつもと何も変わらない笑顔で、あと少し続きがあるけれど、また一緒にやろうと言ってくれて、本当に優しくて、救われた気持ちになりました。
 今夜は、思う存分、小説を読んで、また明日、明るい気持ちで、見回りに行きます。
おやすみなさい。