「自分の世界が広がっていく」 えりさ

5月11日 

 今朝、野菜の見回りの帰りに吉畑手前ハウスの晩白柚を見にいきました。白くてふっくら丸いつぼみから黄色いアヒルのくちばしみたいな雌しべが出ていて、本当に可愛いくて思わず「わっ!」と声が出てしまいました。花の近くに顔を寄せると、ほんのりバニラとシトラスのとても上品な香りがして、いつまでも嗅いでいたいと思いました。たった数ヶ月前、こんなに小さくて、元気のなさそうな木から晩白柚というでかい実がつくのかと疑っていた自分が申し訳なく思いました。

 池上畑のブドウの新梢も順調に伸びています。昨日からまたさらに、新梢から出ている葉っぱや花穂が大きくなっていて、もうすぐ本格的なブドウの実をつける作業の時期に入りそうです。おじいちゃんによると、今年は良い実がつきます。1月にあんなにバッサリと剪定し、棒になってしまったブドウの蔓が今になってこんなに大きく成長し、またさらにこれから実をつけるなんて信じられない、奇跡のような感じがします。ウィンターコンサートで明石先生の台詞を思い出します。私たちの周りに植物は当たり前のように広がっているが、本当は天文学的な偶然の積み重なりです。道ばたに咲いている野花が持つ生命力も、植物を自分の手で育てないと分からない、本当に強くて美しいものです。
 おじいちゃんと一緒に畑に出るたびに、おじいちゃんは周りに生えている草について教えてくれます。大王、クズ、クローバー、バーズフット(鳥の足)、野ブドウやタンポポ。周りにある植物を見ると、その土地のことがよく分かるとおじいちゃんが教えてくれました。おじいちゃんの話しを聞いたあとの景色は本当に色鮮やかで、美しいかったです。

 なのはなで植物の力をたくさん感じて、世界が広くなったし、心も穏やかになっている気がします。

 今日はみくちゃんの誕生日でした。
 抽象的ですけれど、みくちゃんの生き方って本当に美しいなと感じたことは何度もあります。これ以上楽しいことなんてないようにお花を大切にいけている時や、まるで親しい友人みたいにお花について語ってくれるみくちゃんは本当に魅力的だと思います。みくちゃんの弾くピアノを始めてちゃんと聞いた時、パッと思った一言は「偉大」でした。こんなに美しい音色を出せる人は偉大な意志と力を持っているんだろうなと思いました。今年、私はみくちゃんと色んな縁がありました。ミーティングのチームが一緒で、みくちゃんの作文に書かれていた言葉によってたくさん気づきができました。今、私がなのはなでこうやって前向きに生活できているのはみくちゃんの言葉のおかげでもあると思います。
 みくちゃんと私は同い年だけれど、みくちゃんの世界は私よりはるかに広くて、繊細で、美しいものだと思います。私もそういう世界を自分で見れるようになりたいです。

 昨日の夜提出したかったことを書きます。

 5月10日は母の日でした。
 お母さん、いつもありがとうございます。
「ありがとうございます」のようなありきたりな言葉でしか感謝の気持ちを直接伝えられないことは悔しいです。お母さんに対しての感謝の気持ちや、大好きな気持ちは「ありがとう」だけでは納められません。500文字でも収められません。英語でも、日本語でも、いくら書いても納められません。だから私はお母さんの言葉や強く、美しく、意志を持った姿を、たとえ理解できなくてもずっと、ずっと自分の中に持ち続け、一生忘れません。お母さんに対しても気持ちを、これからまだ見ぬ誰かのためにつなげていきます。

 毎日お母さんは私たちにとびきりの笑顔を向けて、楽しそうに話しかけてくれます。当たり前のように私たちのために生きているなのはなのお母さんは、本当はとても難しいことでした。お母さんは私たちのために私たちより何百倍も苦労して、苦しんで、くじけそうになったかもしれません。私には想像できないくらいの不安と心配を抱えてきたと思います。しかし、ずっとあきらめないで、自分1人で病気から治ったように卒業する人がいても、あきらめないで、お父さんと力を合わせて、なのはなファミリーを続けてきました。そして、一生懸命、正しい生き方について私たちに伝え続けました。
 摂食障害は人を化け物にする、本当に大変な病気です。新しい入居者がなのはなに来るたびに、私がお母さんだったら不安で仕方がないと思います。しかし、私が始めてアセスメントに来た時、お母さんの表情にはそういう不安のかけらさえ一切ありませんでした。優しい笑顔で、私に「あなたが苦しいことはよく分かっている。ここに来て、安心しても良いんだよ。」と伝えてくれました。人間は基本自分のことしか考えていない、他人なんてどうでもいいと確信していた私の世界観はお母さんの笑顔で一瞬で覆されました。アセスメントに来た日、私は忘れかけていた「安心」という気持ちを久しぶりに感じました。この人のそばで生活できるなら私はもう大丈夫だと心の底から思いました。

 お母さん、もう一度書きます。ありがとうございます。私たちを信じ続けてくれてありがとうございます。どんなに迷惑をかけても、心配させても、こだわりがつよくて、逃げたり、責めたり、不安にさせても、あきらめないでくれて、ありがとうございます。何万、何千万、何億回、ありがとうございます。絶対に私はお母さんが私を信じ続けてくれたこと無駄にしません。お母さんが見せてくれた優しい生き方を心に持ち、新しい世界を切り開きます。アメリカに行ってもなのはなの価値感を広げていきます。世界中に広げていきます。
 お母さんに出会えたことは必然でした。
 母の日に、お母さんの姿を見て、私は改めて、強い使命感を感じました。