「母の日」 ななほ

5月10日

 いつの日からか、私は母の日と聞くと、カーネーションではなく、ハナミズキを思い出します。
 なのはなファミリーのお母さんは、なのはなの子と100年という年月(永遠)と関係が続きますようにと願って、ハナミズキを植えました。
 そのハナミズキは今、古吉野の花壇のとなりでお母さんのように、力強く、逞しく、空に向かって花を開いています。

 今日は年に一度の母の日です。お母さんに日頃の感謝の気持ちを伝える大切な日です。
 お母さんの笑顔、真の優しさや強さが私の希望になっていて、お母さんは美しくて輝いています。
 母の日、卒業生からたくさんのお花が届き、昼食の時にお母さんが卒業生のもえちゃんの話をしてくれました。
「お母さんともえちゃんは、石仲間なんだ。
 もえちゃんが小さい頃、実のお母さんに石を渡した時、捨てられはしないけれど、放っておかれてしまってそれがすごく悲しかったんだって。
 お母さんも同じような事があるんだ。」
 と話して下さいました。

 それを聞いた時、私も小さい頃、川に行っては、手に持ちきれない位の自分が気に入った石を見つけて、ポケットや洋服、両手に抱えて家に持ち帰っていたことを思い出しました。
 保育園の休み時間によく行った近くの公園では、いつも先生と石の上に座って、みんなが遊んでいるのを見ていました。
 でもいつの間にか、石を集める事もしなくなり、好きだった座れる石も無くなって、どんどん私の中から遊び心が無くなっていきました。

 お母さんのお話が嬉しかったし、私はお母さんに遊び心を教えて頂いたから、今こうして、なのはなファミリーで毎日笑って、廊下を走り回っていられるのだと思います。
 なのはなに来た時、お母さんが満面の笑みで私をハグしてくれました。
 来て間もない時は、何度も泣いてしまったけれど、私がちゃんと「治りたい」と言った時、お父さんとお母さんとまえちゃんがサンドウィッチしてくれたのを覚えています。
 お母さんとお話させて頂く時、お母さんが真っすぐに私の目を見て、私に伝わるように、心の奥から、真剣に素直に話して下さるのを感じます。
 だから私は、お母さんの子供としていられるのだと思うし、お母さんの本当の意味での強く、厳しく、温かい優しさがあるから、私はなのはなの子として生きられています。

 お母さんに会えたから、お母さんのお陰で私はなのはなで、子供になれました。
 お母さんの姿から、私が生きる勇気、希望をもらい、お母さんの話してくれる言葉から、私はよく生きようと強く思いました。
 病気だからとか、何ができるできないではなく、人間としてどう生きるか、自分の心持ちはどうなのか、神様はちゃんと見ています。
 お母さんはどこまでもみんなの為、なのはなファミリーの為、まだ見ぬ誰かの為に生きていて、同じ気持ちで同じところを向いて生きている仲間を集めています。

 お母さんの目指している世界を創る1人になります。次世代の精神的な基盤を作る、先頭に立って優しい社会を創る人間になります。
 お母さんのように、強い優しさと勇気、求める気持ちを持って、私もお母さんのようにどこまでも前を向いて進み続けます。
 本当にお母さんの事が大好きです。私はなのはなの子として、お母さんの子として、誇りを持って生きていきます。
 お母さんの子になれて幸せです。

・母の日の会

 母の日の特別な会。体育館に集合したら、お母さんの大好きなお豆の入ったチラシ寿司がメインの豪華な夕食で、嬉しくなりました。
 お母さんがお父さんにエスコートされて登場し、お母さんが黒い刺繍の入った素敵なスカートをはいて、美しい髪飾りをつけて、本当にお母さんが輝いていました。
 最初はお父さんの『ビーウィズユー』。お父さんの120%の全力の歌に感動したし、ドラム部やエレキギター教室、なのはなバンドのみんなの演奏も本当に綺麗に合っていて素敵でした。

 そしてお母さんの『育つ雑草』を聞くことができて幸せでした。夕方、お母さんが練習している声が体育館から聞こえてきた時、思わず走って行きました。
 りなちゃんも誘い、お母さんの歌声をひっそりと、陰で聞いて2人で歌いました。
 お母さんが歌う育つ雑草。お母さんの歌を聞いて、私は去年の紅白で育つ雑草を歌いたいと心から思い、なおちゃんに相談しました。
 私のお母さんは育つ雑草を歌うお母さんです。お母さんのパワフルで力強い歌声に、希望の涙が出ました。
 悲しいとか苦しいではない涙。この涙はお母さんの前でしか出ないと思います。

 お母さんの歌が本当に嬉しくて、お母さんが光り輝いて、ステージに立って歌っている姿が美しくて、強くて、逞しかったです。
 みんなで夕食を頂いた後は、会場が変わり音楽室に。
 お母さんの好きな曲、『ハナミズキ』をみんなで歌います。この曲は、私も好きな曲で、今ではお母さんの曲です。
『ハナミズキ』を歌う度に、お母さんの柔らかく、美しい笑顔が思い浮かびます。お母さんの透明感や、強い瞳を感じます。

 みんなで歌っている時、お母さんが目に涙を浮かべていて、私も涙が出そうになりました。
 お母さんが後で話してくれたのですが、私も今日は「絶対に泣かない。笑って終わるんだ。」と決めていたのに、やっぱり目を開けたまま、涙が流れました。
 誰かの為に、誰かのお陰で泣いたのは、なのはなが初めてです。今までずっと、苦しくて悲しくて、何かが不安で泣いていたけれど、今は違います。
 誰かとの間に生まれた嬉しさ、幸せに涙が出て、感謝の気持ちに涙が出て、優しい気持ちに涙が出ます。
 涙が出る度に、私の心が綺麗になっていくように感じるし、とてもスッキリして安心します。

 なのはなのみんなからお母さんへのメッセージ。お母さんに会えたから。
 何をどう書けばいいか、書きたい事があり過ぎて抽象的になってしまったのですが、今回みんなが発表してくれた手紙が、みんなの気持ちの全てを表してくれている様でした。
 お母さんにかけてもらった言葉、お母さんと一緒にした作業や遊び。私もその時の情景やお母さんの言葉、空気も全て覚えています。
 玉ねぎの植え付けの日。晴れていて、お父さんとお母さんが一緒になって植え付け選手権をしていました。
 また別のときは、お父さんとお母さんが河原の畑の上からみんなの様子を見ていて、水やりをして、昼食の時間に遅れたけれど、家族みんなで終わらせました。

 お母さんと滝川のキャベツのポール立てをした事。レタスの植え付けをした事。
 私がなのはなに来た時、お母さんに「よく来たね」と笑顔を向けてもらい、私はその笑顔に安心して、何かに包み込まれた優しさを感じました。
 何度も泣いたり、悲しくなったりしたけれど、お母さんはずっと信じて、見捨てないでいてくれました。
 そして正直に正しい事を教えてくれて、きっと誰も怒りたくて怒ったり、厳しくしたい人なんていないけれど、お母さんはちゃんと子供に礼儀、人としてあるべき姿を教えてくれます。
 私はずっと、ちゃんとしたいと思っていたけれど、誰も何も教えてくれない、礼儀も分からない、お箸の使い方ですらいまだに正しくないのに、なのはなに来るまで変に厳しくされただけで、ちゃんと何かを教えられた事がありませんでした。

 でもお母さんは、その人に一番良い形を選んで、一番良いアドバイス、礼儀、しつけを教えてくれます。
 私はお母さんの心からの気持ち、本当に相手を思って、相手を信じて、目の前の人に自分が知っている全てを伝え、時には厳しく、ちゃんと教えてくれるのが本当に嬉しいです。
 先日は、言葉がまとまらなくて、お母さんに上手く伝えられなくて申し訳なかったし、その後また大泣きしたけれど、「こんな自分じゃだめだ。お母さんに余計に迷惑だ。」と思い、何も無かったように動きました。
 お母さんと目が合った時、少しドキッとしたけれど、お母さんは「元気になったか、」と私の頭を撫でて、いたずらっぽく笑いかけてくれて、やっぱりお母さんだなと思いました。
 お母さんと話すと、変な申し訳ない気持ちや気を使う感情を持たなくてもいいんだと思えるし、本当の優しさが分かります。

 私もうまく言葉にできないけれど、本当にお母さんの全てが大好きです。
 お父さんがお母さんの為に歌う姿、みんなのお母さんの大好きな気持ちが詰まった会が嬉しかったです。
 お母さんが最後に話してくれた時、私はもう本当にお母さんの子供だと思いました。
 お母さんしかお母さんはいないし、私は何があってもお母さんの子であり続けます。私は一生、お母さんの子として誇り高く、上品に生きます。
 お母さんが教えてくれた事、お母さんに出会えたから今の自分がいて、私は生きられます。
 上手く言葉にできないのですが、本当にいつもありがとうございます。

追伸:今夜の小豆チョコレート酒粕アイスも美味しかったです!

・嬉しいニュース

 今日は午前になのはなのアスパラの草取りをしました。
 作業をしているとどんどん雨が強くなってきたのですが、全力で力を出して、無事に全ての畝と畝間の草取りを終える事ができました。
 また、午後には絹さやの嫁入り作業をして、何と絹さやは13キロ以上収穫でき、さやにすると約6000さやは収穫できたのかなと思って、本当に凄いなと思いました。
 他にも、身体測定も日に日にすべてが成長している感じが自分でもして、どんどん大人に近づいていけるのが嬉しいなと思います。
 今日も1日ありがとうございました! お母さん、これからも宜しくお願いします。
 私にとってお母さんは、世界一、宇宙一です。