「世界を救うためのメッセージ」 えりさ

4月27日

 日記に書き留めたいことはたくさんあったのに、いざ時間ができると他のことをしてしまって、知らないうちにモヤモヤしていました。今日こそ最近あったことをしっかり書き留めたいです。


 結構前からの話ですが、新しい畑のシステムが本当に新鮮で、前よりもっと自分が担当している野菜に触れ、責任を持って育てる機会が増えた気がして、とても嬉しいです。
 私は今年の夏、キュウリを担当することになりました。まだ定植されていないけれど、畝立てや、溝きり、支柱立てなど、最初からキュウリ関係の作業すべてに出させてもらって、キュウリのことを考えながら過ごす時間がもらえて楽しいです。さらに、今年は畑に最強な味方がついているので、色んな新しい手入れをするのが楽しみで仕方がありません。キュウリには毎年カビが来るのですが、今年はそうはさせません。強い苗を育て、良いスタートダッシュを切り、緑輝くキュウリを育てます。そして、サマータイムは毎日みんなでキュウリの一本漬けを食べたいです。


 数日前のお父さんのお話がとても心に響きました。「お父さんに聞いてみよう」で、役に立てない時の、周りの人に申し訳ないという気持ちについての質問がありました。お父さんお母さんはそういう気持ちには一切ならないと言っていました。理由は、そんな思いを抱く余裕もないからです。人の評価を気にしぜず、自分の力を常に最大に発揮し、消して甘えたり、あきらめていない生き方をしているからだと教えてもらいました。そうやって、何に対しても無理はせず、自分ができる限りの力で立ち向かっていたら、周りに申し訳なく思うことは消してないと教えてもらいました。
 私は今まで、どんなことをしても周りからの視線や評価が頭の8割くらいを支配していました。本当にもったいない生き方をしていたなと改めて感じました。自分がどう評価されるか、という思いにとらわれ、何に対しても自分のすべての力を発揮できませんでした。ただ、周りの人に合わせたり、失敗したら周りの人の顔色を伺い、自己否定に陥ったりして、とても甘えた、自己中心的な生き方をしていました。今思うと本当に悔しくて、その時間を取り戻したいです。これからは私は他の人の視線を気にする前に、自分の役割を理解し、最後まであきらめずにその役割を果たしきります。意志をもって、誰かのために生きます。私はずっと人の目線を気にしない人間になりたかったです。しかし、高校や、自分が育った環境では、いつも周りに評価され、変な目標を持たせられ、自己否定し、内にこもることによって生き伸びていました。しかし、なのはなではこういう偏った考え方は通じません。なのはなで、自分の評価に対する気持ちをなくし、目の前のことに精一杯向かう力を鍛え、卒業後、周りの人に流されないような人間になります。
 さらに、人に評価されるのではなく、自分もちゃんと評価できる人間になります。人を評価するということは、学歴、実績、などくだらないことで評価するのではなく、1人1人の人間性を見て、良いところ悪いところ共に受け止め、評価することです。もちろん、評価していることをアピールしたり、相手に伝えたりすることはないです。みんなの良いところを見つけて、吸収していきたいです。みんなで一緒に成長していけるなのはなという環境で過ごせて本当に私は幸せものです。


 今日も1日かけて2019年ウィンターコンサートの英訳をしていました。今日でようやく最後までたどり着き、まだ後半に少し手直ししたい部分はあるが、あらかた終わらすことができてとても嬉しいです。コンサートの翻訳の作業は本当に楽しかったです。
 1つひとつの台詞にぴったり当てはまる英語が次から次へと出てきて、とても翻訳しやすかったです。たぶんこれは、お父さんの書く言葉はとても綺麗でわかりやすいからだと思います。そして、コンサートの脚本の内容は世界のどこでも通用する、国境や言語などを乗り越えるものだからだと思います。
 コンサートを翻訳している内に、お父さんがいつもみんなに伝えていることをより深く理解することができました。去年の12月の時点で、理解できていなかったため、聞き流していた台詞やシーンは、今の機会によってストンと自分の中に落ちました。地球温暖化や異常気象と関連するモラルの低下、そして地球環境を救うためにやるべきこと、これをすべて再確認し、明確にできて、再びいてもたってもいれない気持ちでいっぱいになりました。モラルのある世界を築き上げる人間になりたい、新しい世界を切り開きたい、少し抽象的だけれど、自分の生きる意味をこうして思い出せてとえも嬉しかったです。
 脚本をこうやって見返すと、世界を救うためのメッセージを広めるなのはなの一員として暮らせて改めて誇りに思います。

 コンサートの翻訳をしていて、「これなら自分の力を発揮できているし、楽しくていくらでもやり続けていられる」とつくづく思いました。お父さんお母さんにも伝えたのですが、将来翻訳家になって、色んな感動的な作品を言語の壁を通り越せるように、世界中に広める人間になりたいと思いました。
 自分のことで今日の日記を終わらせてごめんなさい。けれど、すごくわくわくします。