「美しさ」 あけみ

4月25日


 8時15分、朝食前15分前、ホテルの人から電話がかかってきました。
 今のコロナの状況が変化して、出勤のはずだったのがお休みになり、なのはなで1日が過ごせました。

 午前中は草刈りをたくさんできました。
 桃の木の近くにいたら、なぜだか優しい気持ちになります。
 皆が霜対策をした後があります。みんなの愛情、真剣さを感じます。
 春のやわらかい草は草刈り機で撫でるようにするだけで飛んでいきました。
 草刈り機で刈り続けるリズムのある作業がとても心地よかったです。
 草刈りが出来るだけで、とても嬉しくて、おもわず顔がほころびました。 

 午後は、小村さんとあゆちゃん、みかちゃん、ゆりかちゃんと過ごした時間がとても嬉しかったです。
 草刈りをする予定でしたが、集合後に向かうとすでに草が刈られていました。
 小村さんの仕事が美しかったです。自分とか人とか損得勘定なく、働く気持ちが美しいと感じました。
 いい仕事を求めて、真剣に、真面目に、無駄な損得勘定の駆け引きなどがない、助け助けられの関係の中にいると、安心するのだと改めて感じます。
 小村さんから、なのはなやあゆちゃんが好きな気持ちを感じます。小村さんの笑顔をみると、とても嬉しくなります。
 あゆちゃん、みかちゃん、ゆりかちゃんという、私の大好きで尊敬するお姉さんのような皆とも一緒にいられる時間があるだけでもとても嬉しかったです。

 小村さんから教えてもらったこと、仕事は切りよく、綺麗に終わらせるということ、確実に吸収していきたいです。
 小村さんの仕事はいつも、確実で、綺麗で、上手く言えないけれど腹が座っているというか、どっしりとしているようにも感じます。
 変に焦っていたりもしていないけれど、だらだらとしていなくて、プランをもって着実です。
 今日、ちょうど草刈りの時に疑問に思っていたことの答えでした。

 その後、原1畑のかぼちゃの畝立てをしました。
 隣のえつこちゃんは、大きくて綺麗な四角い饅頭型の畝を作っていました。
 畝づくりが好きな気持ちで畝をつくっているえつこちゃんと一緒に、同じ気持ちで作業が出来ている、静かだけれど好きな気持ちがいつもあるような空気、時間が心地よかったです。
 その後は、がけ崩れハウス前上畑の、カボチャの畑の溝を切りました。
 さやねちゃんが、竜の涙を見つけたのを教えてくれました。
 今まで竜の涙をみたことはあったけれど、4つも並んでついてるのは初めて見ました。
 竜の涙、瑠璃色の丸い真珠のようです。私の大好きな色です。
 そのことを言ったら、さやねちゃんが「あけみちゃんみたい」とさりげなくいってくれました。ものすごくうれしかったです。
 さやねちゃんの綺麗な空気が自分の中に通るような気持ちになりました。

 作業が終わると、がけ崩れハウス前上畑の綺麗にならんだ饅頭の畑から、その先に小村さんとあゆちゃん達が刈った池の周りの草が、綺麗に規則性をもって小さく丸く集められた景色が、同じように並んでいたのでなんだか面白かったです。

 作業の最後は、野畑のゴーヤの畝づくりに合流。
 永禮さんの変わらない笑顔がありました。
 りゅうさんも、ひでゆきさんにもらったという素敵な麦わら帽子をかぶって作業されていました。
 皆のつくった、畝や畝間は、街道のように綺麗でした。
 私も、少しでしたがもくもくと畝をつくるのは、やはりとても面白かったです。

 帰り道、絹さやをみました。吉奥のまくわうりの日よけの支柱をみました。どれも、息をのむような美しさでした。

 私の周りには、美しいものがたくさんありました。
 美しい”もの”だけれど、美しいのは、それを作っている”気持ち”なのだと思いました。
 みえるのは、形だけれど、その形を作っている中身なのだと思いました。
 それは、人にも言えることで、自分の形、”自分”というのはただの入れ物です。
 だから、自分なんかにこだわらなくてもいいのだと思いました。
 なにかを怒られたり、、褒められたり、評価されたとして、そのときの”気持ち”、中身の間違え、評価です。
 そこを活かしたり、改めたらいいだけなのだと思いました。
 プラスもマイナスも材料として、あるべき姿や、あるべきあり方、美しさを見つけるのを楽しめばいいのだと思いました。

 今日作業をしていて、以前よりも完成形のイメージを強く意識して持っていることに気づきました。
 どんな畝をつくりたいのか、どんな溝をどのラインでつくりたいのか、意識して、イメージしていくと、そのまま形になりました。
 いいものを作りたかったら、良い内容、心を作ること、イメージすることが重要なのだと改めてだけれど、学びました。
 私の周りにはいいイメージがたくさんです。吸収したいです。

○ 
 お父さんお母さん、今日ふと、以前よりも安心した気持ちの中で(生きるのが面白い)と感じていると気づきました。
 遅いといわれるかもしれないけれど、なのはなの子に、お父さんお母さんの子どもになりきっている感覚です。
 そうすると、誰かからの評価のための作業や動き方という考え方から以前よりも離れていると気づきました。
 ただ、大好きな人達のために動きたい、喜んでもらいたい、好きな気持ちで動いていました。
 私の家は、桜もあって、桃の木も、レンギョウも、雪柳も咲き、園芸のみくちゃん達がたくさん植えてくれる花が常にあり、お父さんお母さん、大好きな家族がいる、この古吉野です。


 ホテルにみくちゃん達が育ててくれたキキョウを植えました。
 いつか、お父さんお母さんやみくちゃん達と一緒にホテルのキキョウをみたいです。

 急ぎ足で提出します。
 お父さんお母さん、大好きです。おやすみなさい。