「あんなちゃんとの桃の手入れ」 るりこ

4月23日

○レタスとえつこちゃん

 お父さん、お母さん、日記を書きます。

 毎朝、えつこちゃんとレタスの見回りに行っています。毎日、見に行くと、日に日に姿を変えていくレタスを感じます。
 第1弾は、今は結球の大きさが10~12センチほどになりました。スタートダッシュが遅れて、一時は心配したけれど、後半になって挽回してくれました。
 結球したレタスが本当に美しいです。毎日見ているのに、毎日、えつこちゃんと、「可愛い!」と言ってしまいます。葉の色も艶も、状態が良いです。予定では、今週末から来週にかけて収穫が始まります。収穫するときのことを思うと、今からわくわくします。
 第2弾は、梅林奧一面に広がっています。梅林奧奧にも2畝いて、一時は奧奧の方が生育が早いように感じていましたが、今では全体の生育が揃い、結球が始まってきました。レタスの結球の始まりは、本当に小さいです。卓球の球のような小さな球が、レタスの葉の真ん中にちょこんと居座っています。まだ赤ちゃんなのに、「どうだっ!」と言わんばかりにレタスらしく、堂々としている姿にいじらしさを感じてしまいます。
 今朝見に行くと、昨日よりもまた一段とでかくなっているように感じました。葉1枚1枚が大きいです。
 第3弾は、梅林奧に6畝と、梅林手前に1畝半います。第3弾は3つの品種を育てています。今見るところだと、『ふりふりっかー』の生育が1番進んでいるように見えます。畑の土質や気候に合う合わないがあるのかなと思い、今の内から生育経過をよく観察して、なのはなに1番合うレタスを見つけたいと思っています。
 梅林手前に植わるレタスは、畑の土のコンディションが優れなくて、いくつかの株に生育の遅れが見えます。ですが先週に秘密の栄養分を与えたところ、翌日には葉の色が回復したように見えました。土が固くて根が張れないのかなと思い、今朝は軽く中耕をしてみました。効果があってくれたらと願っています。

 えつこちゃんと見回りをする時間が嬉しいです。えつこちゃんがレタスを見る目が優しくて、そして的をついています。えつこちゃんは野菜の良い面も悪い面も見て、心で感じています。その姿がきれいだなと思います。
 えつこちゃんといると、安心すると思いました。えつこちゃんはどんなときも優しさ基盤でいてくれるから、わたしもえつこちゃんといると穏やかな気持ちになれるのだと思いました。
 えつこちゃんとレタスと過ごす朝から始まる日々が、最近の楽しみです。

○桃の摘花

 今日は桃の摘花に入らせていただきました。
 桃の摘蕾まではやったことがあるけれど、摘花は初めてでした。この段階までくると、ますます桃の実に影響してくるのだろうと思い、緊張もするけれど、気持ちを引き締めて作業に取り組みました。

 開墾17アールから始めました。初めにあんなちゃんがやり方の説明をしてくれました。
「握り拳大の間隔で花を落としていく」「(30センチ以上の長さの)枝の先端10センチの花を落とす」「摘蕾と同じで、枝の上についた花も落とす」
 あんなちゃんの説明はいつも端的で、1番大切なことが完結にまとめられているから、わたしでもすぐに理解することができます。
「それでは、お願いします」と言って、微笑んでくれたあんなちゃんの笑顔に、やる気が高まりました。

 初めは怖ず怖ずと落としていたけれど、横で摘花するあんなちゃんの手つきを見たら、美しいけれどスピード感があって、(あぁ、このくらいのレベルでやらないといけないんだ)と思いました。わたしは初めてのことをするときは、スピード感がなく、遅いです。それは間違えていないだろうかという評価を気にする目があって、100パーセントで仕事に向かえていないからだと気がつきました。
 もちろん大切な桃だから、「間違えました」は許されないけれど、「初めてだから」という言い訳もしないで、あんなちゃんと同じレベルで仕事をしたいと思いました。その気持ちだけでも、今は強く持とうと思いました。

 石生の桃畑に移りました。
 石生の桃畑の木は高さがあるので、脚立を使いました。あんなちゃんが、噂の12段の脚立を使っていて、予想以上に高いと思いました。それでもあんなちゃんが使いこなしている姿が格好よく、あんなちゃんへの憧れの念がまた1つ上がりました。
 わたしは8段の脚立を使わせてもらいました。8段を使わせてもらうことは今までなかったので、最初はどきどきしたけれど、上ってしまえば爽快感がありました。高い枝にも十分に手が届き、作業がとてもやりやすかったです。
 ななほちゃんが、「高い枝に手が届かない」と言ったら、あんなちゃんが、「木に登っていいよ」と言いました。ななほちゃんが恐る恐る足を掛けながら、「えーっ! 本当に木折れませんか?」と言うと、あんなちゃんが、「大丈夫。桃の実が付いたら、何十キロ、何百キロになるのを耐えているのだから」と言いました。あんなちゃんの一言に、(確かに。それもそうだ)と大きく頷けてしまいました。あの大きくて甘い実を何百とならせるのだから、桃の木は相当にたくましくて、エネルギーを十分に溜めているんだと思いました。桃の木をみて、自分がちっぽけに思えました。

 先端10センチの花を落とし、そこからこぶし大の幅で花を落としていきました。枝の付け根に近すぎて、大きくなってから実を付けられないと思うものも落としました。
 花の蕾の膨らみの下には、小さな小さな緑色の実がありました。先っぽが少し尖っていて、干し柿みたいな形をしていました。これが桃の実になるんだと思うと、自分が今している作業で、桃がどこに実をならせるのかが決まるのだと思いました。正しくやりたいと思いました。

 しばらくすると、あんなちゃんが集合を掛けてくれました。あんなちゃんが1本の枝を参考に、こう話してくれました。
「例えばこの枝の花を落とすとき、握り拳大の幅で落とそうとしたら、こことここと残すことになると思うけれど、実際この枝に実を付けられるのは1個だよね。そうしたら、わたしはここに付けたい。だから少し近いけれど、こことここを残す。
 あくまで握り拳大の幅だけれど、それだけで考えてしまうと、残しておきたかった花まで落としてしまうことになる。実を付けることも思って、摘花してもらえると嬉しい」

 わたしはあんなちゃんの言葉を聞いて、はっとしました。野菜を見るときもそうだけれど、作業の形ばかりに囚われて、1番大切な心の目を忘れてしまうことが多々あります。桃も同じで、やっぱり1番は心で見ることなんだと思いました。
 桃の実がなったときに、どこに付いたら、桃も気持ちよく大きくなれるか。どちらかと言えば、落としたくないという気持ちに傾きがちだけれど、ホウレンソウやコマツナも間引きと同じで、ここでもったいなぶったとしても、結果としてどれにも良い影響はないのだと思いました。枝が伸びる方向や、枝と枝同士の距離なども考えて、1番は桃の実を思って摘花をしました。
 わたしはある枝で手が止まりました。それは長さ12センチほどの短い枝に花が3つ付いていました。先端を残すか、真ん中を残すか、付け根を残すか。どれを取っても判断がつかなくて、迷いました。自分では答えを出せなくて、あんなちゃんに尋ねました。
 あんなちゃんは枝をみて、
「う~ん…どれでもいいと言えばいいけれど、わたしだったら先端を残すかな。葉が近くて、栄養分が行き届きやすいから」
 と答えました。あんなちゃんの答えを聞いて、とても納得がいたのと同時に、あんなちゃんは根拠があっての答えなんだと思いました。それを人にも伝えられることもすごいと思いました。

 あんなちゃんの答えを聞いてから、他の枝を見る目が変わりました。今度は葉がどこにあるかも意識しながら、1番ベストだと思う花を残していきました。
(あんなちゃんだったらどうするだろう)(ここだったら、桃の成長しやすいだろう)などと考えながら作業をするのが楽しかったです。ただ言われたようにやる仕事と、頭と心を使って、自分のなかで、(これだ!)と思いながらやる仕事では、こんなにも面白さが変わるものなんだと思いました。
 時間が流れるのが惜しかったです。気がつけば12時前で、あんなちゃんが、「そろそろ戻ります」と声を掛けてくれました。
 もしまた機会があれば、桃の摘花をさせてもらえたら嬉しいです。
 あんなちゃんと桃の手入れに携わらせてもらえることが本当に貴重で、嬉しく思います。

 おやすみなさい。