【山小屋便り4月号】「伝わる文章、表現を目指して ―― お父さんの文章の書き方講座 ――」 ちさ

 私は、あの現場の犯人の1人です。

 いや、罪を犯したのではありません。

 あのお父さんの文章の書き方講座にいた1人である、ということです。つまりはあの現場にいた犯人なのです。

 現場にいた人にしか感じられない空気、現場にいた人にしか味わえないこと、現場にいたから表現できるものがあります。

「犯行現場の犯人になれ」

 文章を書くときのコツをお父さんがそう教えてくれました。

 日記や、今日のなのはなの記事、そしてこの山小屋便りなど、文章を書く場面は日々たくさんあります。文章を書くこと。それは私を苦しめることでした。ありきたりのことになってしまう。書いていてもつまらなくて、手が止ってしまう。私にとって作文とは、強敵だったのです。

 しかし、なぜ私はこの強敵に勝てないのか。この相手のどの弱みを握られているのか。私がこの敵より弱いことは分かっているが、もがき続けることしかできていませんでした。

 ということで、悪い文章と、いい文章を読み比べてみよう、と、過去の今日のなのはなの記事をお父さんが読んでくれました。まず、レタスの定植についてのを1つ。

『春に向けて種をまこう。祈りを込めて種をまこう』

1文目だけで、引きつけられました。心に足があったならば、一歩も二歩も読み上げているお父さんの方へと、ふみだし、近づいていっていたでしょう。次どんな展開になるのか、どんな作業だったのか続きがとても気になりました。

■お父さんの言葉

 この文章が私たちを引きつけるのはなぜなのか。これは作者であるけいたろうさんの魔術なのか。そんなわけがないです。じゃあ、なんなのか、そのトリックを暴くためにみんなで解析していきました。

 光景が目に浮かぶ。全体論ではなく具体的。ストーリーがある。表現が新しい。メジャラブル。

 次々にその種が明かされていきました。

 聞いているだけで、どんな様子だったのか手に取るように伝わってきました。お父さんが、「その場にいた人にしか書けない文章」そういいました。

 それがとても分かりやすかったです。

 お父さんの言葉を聞いたとき、私が文章を書いていて、いいものが書けないときと、スラスラ書けるときの違いがはっきり分かりました。

 野菜の手入れについてでも、この品種の特徴など、その場にいなくても書ける、へりくつで構成されている記事。これが面白くない、読むのはもちろん、書いていてもつまらないのだと思いました。

 キャベツの種まきの記事、そして、次に読んでくれた落ち葉集めの記事、どちらも、作業の様子、空気、景色などの新事実がたくさん盛り込まれていました。聞いているだけで、自分も体験させてもらったように思いました。そして、キャベツの種まきが、落ち葉集めが何よりも面白い作業にさえ思いました。

 こういう文章が書きたい、と思いました。読者を引きつける、鮮やかな文章を書きたいです。

 最後にお父さんが、文章を書く手順とポイントを教えてくれました。まず箇条書きで書かなければならない要素を書き出し、全体像を出すこと。

 そして、順番決め。最後に、冒頭と締めを決める。さらにはリンクしているといい。

 お父さんの文章の書き方講座を通して改めて、文章は奥が深いと感じました。難しいと感じました。同じ場所にいても、こんな風に面白おかしくも表現できるし、報告文だけのつまらなくもなる。難しいけれど、その奥の深さが面白いのだなと思いました。

 自分事として日々物事をとらえ、的確かつ面白い文章、記事が書けるようになっていきたいです。