「気づき」 ゆい

4月21日

○作業のこと
 午前中は、ミシンのメンテナンスの後、嫁入り作業をしました。ミシンは、ネット作りが一段落したので、掃除をして油をさしました。ネットの一部の銀の紗は新品ではなかったので、ミシンがほこりを被ってしまい心配でした。外側と、ボビンの下などを掃除し、要所に油をさしていきました。私の予想では3台のメンテナンスが45分で終わるという読みだったのですが、思いの他時間がかかり、2台しか終わりませんでした。私は時間を短めに読む癖があると思っていて、それは、ちょっとした焦りが原因かと思うのですが、周囲の人のことを考えると、それは修正したほうが良さそうだと思いました。
 時間の読みのことはおいておいて、ミシンのメンテナンスをすると、とても良い気分になります。1人のとき、ミシンに結構話かけてしまいます。(実は子供の頃からです)
 本当によく働いてくれたなと思って、労ってあげたい気分で掃除をしました。こんなに長距離を走り続けることも、家庭用ミシンにとってはなかなかないことです。次回、また調子よく動いてくれたら、と思いながら、一旦、4年生教室に片付けました。

 午後からは摘花の1巡目が始まりました。奥桃畑の花嫁からスタートし、石生の桃畑に移動しました。落としすぎず、残しすぎず、時間をかけすぎず。適切に仕事ができることが試されるようで、気持ちが引き締まりました。でもやっぱり、桃畑で作業していると、私はエネルギーがチャージされます。
 あんなちゃんが、2巡で落としていくのは、木に負担をかけないためだと話してくれて、それが私はとてもしっくりきました。(この花は、いずれ落とすことになるだろう。しかし、桃の木のことを考えると、今落とさない方が良いものがあるのだな)と思いました。また、霜が当たっている花が多い枝は、多めに花を残すこともあんなちゃんが教えてくれました。良い実をつけてお嫁にいかせたいということを、普通に考えると、そうだな、と思うのですが、なんとなく、それ以上に、木を生き物として考える感覚をもつとしっくりくる感じがします。
 あんなちゃんと防除をさせてもらったり、霜対策をさせてもらっていると、木が日に日に変化していて、木が生命活動をしているのを一緒に見ているという感じがします。
 あんなちゃんが、5時になるからと声をかけてくれたとき、時間があっというまであることに驚きました。まあちゃん、ななほちゃん、りなちゃんも同じように感じていたようです。作業終わりには、あんなちゃんが、桃の赤ちゃんを見せてくれました。摘花していても、とった花の下に実がついているのを見ることができました。まだ直径1~2ミリ程度の小さな実です。花弁をとると、頭に角みたいなものが生えて、おしべを身に纏って、衣装を着た人形のようでした。(ちょっと、これ、フラダンスの衣装にアイディアを使えないだろうか)と思うような面白い全体像でした。

 それと、あんなちゃんが今日は12尺の脚立を畑で使っていました。グラウンドに立てられていたのをみたときは、(塔かよっ)とつっこみたくなるくらいの高さに新鮮な感じがしました。実際にあんなちゃんが使って見て、「作業しやすい」と言っていて、すごく嬉しくなりました。首をずっとあげていたり、手を高く伸ばしたりというのは、大変なことで、あんなちゃんが、楽になるのだと思うと、本当に嬉しいです。

 


 このところ、実感がもてたことで、とても嬉しいことがありました。今日の夜、お父さんが誰かの質問に答えてくださっていたことに繋がります。自分を評価しない、ということです。自分がどんな存在か、どう評価されるかは考えなくていい。人を評価することはするが、自分については一切考えない。それより、○○さんのために何ができるかと、外向きに考える。日記には、良いこと、悪いこと、両方書かなくてもいい。良いことだけ書く。人のよいところみつけだけする。評論家にはならない。なったら終わり。
 お父さんが、そういうお話をしてくださいました。
 私は、自分の内側で考えていると、お父さんが何度も話してくださったことがあるのですが、私はあまり自覚をもてていなかったです。
 ですが、最近思ったのはこういうことです。
「そうか、考えなくていいことを考えて、私は人生を送っていたのか!?」
 私は、考えなくていいことが頭の大半を占めていたかもしれません。大変で、苦しいのは、そのせいだったかもしれません。考えなくてはいけない気がして、心配で、離れられなかったという感じです。でも思うに、これは小さい頃からの癖であるだけで、本当は考えなくていいことだった、ということでしょうか。にわかに信じがたいほどのことです。
 けれども、頭のなかで自分が作りだした自分という不安の世界に囚われているという感じだったのかもしれません。実際、とても大事なことがある気がして、考えずにはいられなかったけれど、それで解決したことはないです。
 (もしかして、もしかして、これは全部、手放してもいいことなのか?)そう思い始めて数日すごしていたら、どんどんそれが裏付けられていくように感じました。