「プラスの側面を見る人に」 ゆい

4月16日

 今朝は、7時までぐっすり眠りました。まだ寝ていたかったけれど、やりたいことがたくさんあったので、(起きるか!)ということで布団から出ました。たまっていた調べ物や、エレキギターの練習を少しだけできて、まだやりたいことは残っていたけれど、ひとまず、朝の時間を有効利用できて良かったです。

○ネット縫い

 午前、午後と、桃のネット縫いをさせてもらいました。今日も1つ進化しました。お父さんが、様子を見に来て下さったとき、小型のストーブを台の上に載せていたら、「これは何か意味があるの?」と聞かれたので、「これは、重しにしているんです」と答えました。お父さんが、「そうか、ストーブに手伝ってもらってるんだね」とおっしゃって、私はお父さんの表現が嬉しくて、なんだか自分が可愛がられたみたいな気分でした(勘違いか)

 ストーブと台のセットを、私は「りんねちゃん2号」と呼んでいました。今日は、りんねちゃんが補助に来てくれたのですが、りんねちゃんの代わりに、ストーブと台の間にネットを挟み込み、ネットをピンと張った状態にすると、りんねちゃんは違う動きができるのです。まるで、3人体制のような感じで、洗濯ばさみをつけていくことができ、時間が短縮されました。縫う時間より、洗濯ばさみをつける時間をもっと短縮できないだろうか、と考えていたのですが、今日のやりかたは成功したと思います。
 うまくいったので、あやかちゃんとさきちゃんペアに、サムナイツの台を2つ使ってもらって、やってみてもらいました。(ちなみに、この○○ちゃん2号という呼び名は、河上さんが台所で使われている、食材を冷ますときに使っている手作りの台を、河上さんが「河上2号」と呼んでいるのを真似したものです。)

 午後は、もえちゃんが来てくれて、2人で作業を進めました。もえちゃんが、気持ちをずっと沿わせて、集中していてくれて、私は動き易く有り難かったです。
 何度か、折るべきネットの幅が変わってしまったり、洗濯ばさみの留め方がおかしなことに変わっていたりということがあるのですが、私が「あれ、変わってきてる」と明るく言うと、もえちゃんは笑って、すぐに修正してくれました。気持ちを一緒にしてくれているから、そうやってすぐに受け入れてくれるのだと思いました。
 だから私は変に気を使うこともなく、変えて欲しかったら、すぐに言うことができるし、もえちゃんが、どうやったら間違わないかを考えて適用してみるということもできました。オープンであってくれたら、どうにでも対策を考えて、よくしていけるのだと思い、自分も誰かと一緒のとき、そうあるべきなのだと思いました。
 4時頃に、1回お茶を飲んで休憩したのですが、そのとき、私が、何の流れだったか、今年の成人式の話をしたら、もえちゃんはとても嬉しそうに聞いてくれていて、その表情(マスクをしているから目元だけだけれど)を見て、(ああ、もえちゃんは優しくて大きい人なのだろうな)と感じました。

 夜の集合でお父さんがお話してくださったことも聞けて嬉しかったです。ヤマザキマリさんの本を読んでいて、そうか、と思うことが多いのですが、お父さんお母さんのお話を聞いていても、このところ、何か繋がっていくような感覚があることがあり、嬉しいです。
 今日、「意外だね、ということは失礼だから言わないほうがいいのじゃないか」という質問がボックスに入っていて、私もそういう風に思ったことが、結構前ですが、あったのを思い出しました。
 意外だね、という言葉を発する人は、特定の人だったりしますが、私はそれで、ぐさっときたり、嫌な感じだな、と思うことがありました。でも、お父さんが言われたように、何でも言ってよいし、もっと大らかにいたらいいです。自分が評価を気にしているから、嫌な気にもなるというのはまさにそうだと思いました。それに、お母さんが言われたように、なのはな内では、プラスの意味で受け取ったらいいです。
 ものごとのプラスの側面を見る人になればいいというのは、ここでも言えると思いました。
 そして、忘れてはいけないのは、言った人がどういう人か、正しく評価できていないとならないです。
 自分がどう思われるか、どうでもいい。自分が人を、どう評価するか、どう見るか、そういう生き方をしたらいいです。
 渡る世間は鬼ばかりの作者の方のお話もありましたが、本当に、豪快に、面白い人生にしてみたい、と私も思いました。どんな酷いことさえも、良い材料だと思えてしまえば、自分の人生のプラスです。
 例えば私なら、摂食障害になって何十年も経って、なのはなに来ても不出来でめちゃくちゃだったりしますが、それすら、何か良いことになるはずです。それを信じます。悪いことはいっぱいあるけれど、それも、悪いことではないかもしれないな、と思えたら、嬉しい気持ちになりました。