「こだわっている自分を卒業して」 もえ

4月14日 
 
 私は人の話を聞くのが苦手です。聴力検査は問題ないのに、人の話は聞こえにくいです。今までは適当に流していきてきたけれど、聞いているはずなのに作業指示もよくわからないことが多くて、このままじゃいけないと本気で思い始めました。
 これまでずっと自分は頭が悪いから仕方ないと思ってきたけれど、それは認識力の不足なのだと思いました。そこで、どうして私は人の話が聞こえにくいのか考えてみました。どこかで聞いた話によると、「人の話を聞きたくない」と傷つくことがあると、聞こえづらくなると聞いたことがあります。それが本当だとすると、私は人に評価されて批判されることを極端に恐れていました。ただの注意でも批判めいた雰囲気があると、すごく怖くなります。批判してこないような人にでも、構えてしまう癖が抜けません。
 今、なのはなにいて、まわりのみんなに批判されることは絶対にないのに、いまだに怖いです。なのはなにいて、安心してくるとその癖も抜けて、今よりは少しましになると信じたいです。なのはなで、自分が育ってくると、人の批判も怖くなくなることも信じたいです。
 今まで、人のことを、「今まで会ってきた人」の中から分類して、こういう人だろうと決めつけて接してきました。学生の時にいじめられて、自分が傷つかないための予防線として元々は始めたのですが、今も同じことをしていたら駄目だと思うようになりました。「その人」のことを見ておらず、人のことを本当には理解しようと思っていなかったし相手に失礼でした。今まで、人間関係について、相手のことを信用しておらず、小手先で無難な会話をすることが多かったです。安心していない、人を信用していないというのはなんとなく雰囲気で相手に伝わるし、まず自分が安心して人と接せられるようになることが先決だなと思いました。
 今まで、ずっと競争の中にいて、都心に勤めて派手な格好をすることがアイデンティティーになってしまっていました。消費しているつもりが、自分が消費されていました。年齢が若いことにも異常にこだわっていて30歳が見えてきて、元々空っぽだった自分が更に空っぽになった気がしました。見た目を良くしようとすることや年齢に過度にこだわっている自分から卒業して、自分の中身はこれでいい、と思い人生を楽しむことを全うできるようになりたいです。
 私は、人から注意を受けることや指示されることがとても苦手です。怒られるのはもう嫌だ、という気持ちがあります。出していないつもりが、たまに反抗的な反応をしてしまっているようで、相手と緊張関係になったり関係がこじれたりすることが過去にありました。もし、なのはなで同じことをしてしまったらどうしようと、最近怖いです。