「全部がプラスとなるような自分の立ち方を」 ちさ

2月29日

夕方にハウスミーティングがありました。
ベレヌスでも、ナピルスと同じようにお父さんにじゃんけんで勝った人から順番に質問をしていくシステムでやりました。
色々な人の質問を聞けたことが興味深くて、嬉しかったです。
自分もですが、あんまりいい質問じゃないのかな、とか、そんなこと考えているのか、という風に自分のレベルを見られるのが怖い気持ちがあって、質問したい気持ちはものすごくあるけれど、あとでにしようかな、と臆病な気持ちがでて、手を上げるのに迷うことが多かったので、浅いと思われても聞いてしまおう、という気持ちになれました。

最後に、私は作業に行くときに気持ちが重くなることがありました。
それは2回目以降の作業で、前回楽しかったとしても、身体が重くなります。最後までやりきれるか不安になります。
それがなぜなのか、改善策をお父さんが教えてくれました。
頭をなでられているような気分、というのはこういうことなんだろうと思いました。
全部が図星で、自分が分からなかった答えも、そういうことだったのか、と、ドンピシャでした。お父さんは本当にすごいと思いました。

まず、作業に優劣をつけている、とお父さんが仰いました。
自分では気づいていて、直そうとし、恥ずかしいことで隠そうとしていたけれど、お父さんは全部見破っていると思いました。
自分の未熟なところ、醜いところを隠したい気持ちが私には強くあるけれど、それだけ無駄で、遠回りなんだなと感じました。隠したくても実際に隠せないです。
人とかものに対して今までずっと上下を付けてきて、そういう価値観が染みついているから、すごく直しにくいです。
もう2つ理由として、ペース配分できていなくて、身体と心が疲れてしまった、ということ、そして1番そういうことだったのかと思ったのが、自分が求めている作業ができていないから、というのを聞いたことです。
飽き性と言ったけれど、飽き性とは違います。
ギターとか、野菜切りとか、ボール磨きとか、他にも色々ありますが、できることは黙々と永遠とできます。
自分で考えて、どんどんきわめて、開拓していくことができることは本当に楽しいです。
それらと同じように楽しめないのは、こうしたら良くなるのに、ということができなかったり、新しくしていくことの楽しさを味わいきれない、どこか縛られている感じがあって、だから自分事にできませんでした。
それがお父さんの言う楽しめていない、つまらないことになっている、ということなのではないかと思いました。
リーダーさんを立てることを考えると、自分が何かを言う立場じゃない、と思って、言われたことをやろう、と思い、そういうとき面白くないです。
もっとこうしたいなと思うけど、それが言えなくて、結局言われるままになって、自分の中だけにたまってストレスになるし、自分事として作業に取り組めないのです。
自分事として取り組むこと、それが改善だと思いました。
けど、難しいのは、それと出過ぎることは違います。
言うべきタイミング、言い方、人というのがあると思います。
全部がプラスになるような自分の立ち方をちゃんと考えたいです。

短いですが、書けて良かったです。
読んでくださりありがとうございました。