「なのはなファミリーで見られる花」――第32回 『パンジー』――」

◇なのはなファミリーで見られる花◇
〈第32回〉
【パンジー】

「今日、学校が終わったら、家に来ない?」
僕は返事をするのも忘れて、
ぽかんと口を開けていただけかもしれない。
密かに憧れていた女の子に、
思いがけず、自宅に誘われたのだ。
僕は夢見心地のまま、
彼女の家を訪ねた。

大きな屋敷の
広いダイニングで紅茶を飲んだあと、
案内されて、裏庭に出た。
一面に咲き揃ったパンジーの群れーー。
時が止まった。
魔法にでもかけられたような、
静寂の空間。
いつももの静かで、
深い思索の中にいる彼女が、
パンジーと饒舌に心を通わせているのを、
ただ、ただ、見とれていた。

目の前のパンジーに目を凝らすと、
いまでも、瞬時に
その中庭の情景へと誘われる。
遠く手の届かない憧れの世界、
どこまでも深い情緒の海。
その美しさの欠片でも受け止められたらと、
あの時と同じように、僕は息を止め、
己の気配を消すしかないのだ。

〈写真:さとみ
文:たけひと〉