【山小屋便り新春号】「なのはなクリスマスコンサート ―― 聖夜におくる精霊たちの願い ――」 あけみ

クリスマスがもうすぐ来ようとしていた、12月下旬の日曜日。なのはなでは、クリスマスコンサートが行われました。

「たった1人のために」

お母さんがよくステージの前などで私達に伝えてくれる言葉です。

目の前のすべての人に理解してもらおうと思うのではなく、誰か1人を決めてそのたった1人のために演奏、表現をしたらいい。そうしたら、最終的にはそのたった1人に伝わったことが、何人の人にも伝わることに繋がっている。そう教えてくれます。

その「たった1人のために」、そう考えてお父さん、お母さんが、2019年のコンサートにツバサを登場させ、そのツバサは役を通して、自分の体験を演じました。

そして、役を演じながら、心の傷と向き合い、何に苦しんできたのかをはっきりとさせました。

■ツバサの台詞

お父さん、お母さんの気持ちがあって、そして傷と向き合って過去を越えた仲間がいて、そのことがあっての、今回のクリスマス会でした。

「クリスマス会の良い企画を思いついたんだ」

コンサート前に、ホールでお父さんが笑顔で、私達に言いました。

その企画は、今回の劇の後半で明石にツバサが今までの苦しかったことを打ち明けるシーンを元に、自分たちの体験を台詞にして、脚本を書き、自分たちで演じるというものでした。

私は、役者をすることに大きな苦手意識があったので、すこし不安な気持ちがありました。

しかし、そんなとき、やよいちゃんから、「クリスマス会の実行委員、一緒にやらない?」と誘ってもらいました。

やよいちゃんとは、夏には支柱立てや竹取り、キャンプファイヤーやスイカ割りの実行委員を一緒にやってきました。

大変なことでもやよいちゃんと一緒にやると面白いです。やよいちゃんと、実行委員として挑戦してみたいと思いました。さらに、なのはなの演劇には欠かせない、なおちゃんも一緒に実行委員をしてくれると言ってくれました。

お母さんからも、「皆の過去を振り返るMTにも繋がるような会にしたい」とこの企画を大切に、楽しみにしていることも教えてもらい、緊張もしましたが、やる気も出ました。

自分のためではなく皆のために向かってみると、やらされる側ではなく、提供する側になってみると、なにごとも面白いのだと気づきました。

お父さん、お母さんと会を準備しているなかで、「これは、演じるまでの過程も大切」と教えてもらいました。

このクリスマス会に向う過程が本当に自分達にとって大切なものになっていると感じました。

クリスマス会の準備は、本番の4日前から始まりました。

初日は、「ツバサの台詞に匹敵する、自分の体験について」というテーマでOMTを行なったあとに、脚本を書きました。

書きたいことがたくさんあるけれど、それを誰かに伝えるために、伝わりやすい言葉や長さで表現することがとても難しいことを知りました。

このクリスマス会は、なのはな内にあるハウスでチームが分けられ、そのチームでOMTや演劇練習を行ないました。

2日目には、ハウスチームで、お父さん、お母さんに脚本を見てもらい、3、4日目は、脚本の修正や実際の演劇練習を行ないました。

■理解を深める

演劇練習には、コンサートで主要な役者などをしていたり、役を演じることに慣れているメンバーが演劇指導係になり、演劇のアドバイスをくれました。

自分の体験を脚本にするために言葉として整理し、それを声に出して読み、さらに誰かの前で、役として演じ伝える……。

本番までの練習のなかで、自分の気持ちだったり、過去が客観的にみることができ、発見があったり、気持ちが整理され、かたまっていくのを感じました。

具体的にいうと、私は、「ここには生きる答えがないのかもしれないって気づいてしまったんです」という台詞があったのですが、練習で台詞を言っている間に、「ここには生きる答えがないって気づいてしまったのです」と自然と変化していきました。

あとから考えると、過去の悲しかった出来事を、どこか曖昧にして目をそらしたかった気持ちがほんのわずかに残っていたと気づきました。そして、台詞をいうなかで、自然と過去を吹っ切っていったのだと思いました。

また、過去を思いきり台詞のなかで否定することで、自分の中にある過去の要素や、甘えの気持ちをしっかりと、何度も何度も評価することもできたと感じました。

こんな風に、台詞を言うごとに、自分の気持ちを客観視し、整理し、気持ちを固めることができました。

気持ちが伝わる身体の向きや動き、目線なども練習していきました

また、短い言葉で相手に伝えようとすると、自然と自分の言いたいことの的を絞らなくてはいけないようになります。

何に苦しかったのか、自分は1番何が悲しくて、悔しくて、腹が立っていたのか、浮き出てきました。それが整理され、理解が深まりました。

■仲間の存在

また、今回のクリスマス会は、お父さん、お母さん、仲間の存在があってできたことだと思います。

傷と向き合う時、たくさんのエネルギー、勇気が必要とされます。 だから、向き合うことができるのは、お父さん、お母さん、皆と積み重ねてきた、たくさんの時間や共有してきた様々な体験、景色、感情、空気があったからです。

目を背けてきたこと、目を閉じて見ないようにしていたことに、目を開けようとできました。それは、皆も同じだと思います。

とても印象に残っていることがあります。

クリスマス会の準備2日目は、お父さん、お母さんに脚本を見てもらう日でした。私のハウスチームは、サラマンダーです。

それぞれの脚本を、言葉にして、ハウスチームの皆とお父さん、お母さんに聞いてもらいました。

私は、同じサラマンダーの仲間の人が自分の傷に本気で向おうとし、気持ちと言葉を前に出していた姿に、すごく刺激を受けました。涙がでました。ふと、お父さんを見ると、お父さんも目に涙を浮かべていました。

仲間がそうやって、本気で傷に向い、それを越えようとする姿を見ていると、ものすごく嬉しかったし、それは自分達の希望でもあるのだと感じました。

「コンサートも手段なんだ」

お父さん、お母さんは、そう言います。お父さん、お母さんが求めているものは、ただの高いレベルの表現とか、技術ではないです。私達の回復や、この社会が良くなることです。改めて、今回の企画を形にするなかで感じました。

今回の企画だけではなくて、なのはなの生活、日々の中には、お父さん、お母さんの優しさ、正義が溢れているのだと気づきました。

クリスマスコンサートまでの古吉野では、皆の演劇練習の声が色々な部屋から、時には畑でも聞こえてきました。皆が本気で向きあおうとしている空気に自分も勇気をもらいました。

■全力で表現する

コンサート本番、最初のオープニングを飾ったのは、なのはなバンドの皆の演奏にのせて歌う、お母さんの『育つ雑草』でした。

お母さんの歌う姿が、ただただ格好良かったです。お母さんがわたし達のために、私達が治るか、とどまるのか、一か八かのチャンスで殻を破れるように、勇気を出せるように、全力で歌ってくれているのだと感じました。

お母さんの娘であるのだから、私も全力で表現しよう、表現できると思えました。

夜の部の最初には、お父さんが『1本道』をギターの弾き語りで歌ってくれました。目の前でお父さんが私達にむかってギターを弾きながら歌ってくれていました。私は、温かく、心の底から自分は幸せ者だと感じました。

ずっとこれからも、お父さん、お母さんの娘でいられること、なのはなの1本道を歩くことができることが、嬉しいと感じました。

今回の企画を実行委員で話していて、発表をするリビングを脚本のなかの『センチュリー・アート』にすることにしました。

リビングには、今までのウィンターコンサートや今年のウィンターコンサートで使った舞台美術の道具や小道具、衣装などを飾りました。

そこになおちゃんが演じる、明石さんがいます。衣装もきてくれて、本当に『センチュリー・アート』に入るように演出しました。

体育館からリビングの『センチュリー・アート』に移動するとき、やよいちゃんと私でリビングにバスガイドのようにガイドをしました。

『センチュリー・アート』に入る時には、皆の右手首の印を確認すると言って、皆の右手首にダ・ヴィンチのマークをスタンプしました。

これは、今年のコンサートの時、受付で小さな子供のお客さんにスタンプをした時に使ったものを使いました。

「皆は僕にとって、精霊のような存在です。

コンサートの挨拶の時に、お父さんが私達に言ってくれたことを表したかったです。スタンプを押す時は、皆が全力で表現できるように、願いを込めてスタンプを押しました。

「逃げずに向き合って、自分をさらけ出して、表現したならば、みんな自分の殻を破り、一歩を踏み出すことができるんだ。

大丈夫、こんなにたくさんの仲間がいるんだ、ほんのちょっとした勇気で、いまある自分の殻を、大きく破ることができるんだ。

それこそ、見える世界が180度変わってしまうくらいに——。私が言いたいのは、そういうことなんだ」

なおちゃんがつくってくれた、寸劇の中にある明石さんの台詞です。

そんな素敵な寸劇から、皆の演劇が始まりました。コンサートが始まり、1人ひとりが自分の体験を演じる姿に、涙が出ることが多かったです。

参加する役者の数は約60人。普段お仕事や学校に行っている人も、スタッフさんも、皆、参加しました。

予定していた時間は、午後に4時間、夜に3時間という、計7時間という長時間のコンサートでした。

実際にやってみると、予定を上回り、午後4時間、夜に4時間の8時間の、かなり大きなクリスマスコンサートとなりました。

明石さんは、目の前のその人に気持ちを全力で向けてくれていました。お父さん、お母さん、皆も、受け止めてくれました。

■私達の使命

皆が気持ちを言葉にして、演じる姿を見ていると、その人の体験を自分も体験したような気持ちになったり、その気持ちとリンクすることも何度もありました。

そして、(こんなに優しい気持ちが、まっすぐな気持ちが、こんなにもくじかれる。この間違った価値観、間違った社会、人の関係はあってはならない)と改めて感じました。

仲間達のためにも、小さなころの私のように傷付いている人のためにも、私は、完全に過去を切り離し、成長したいと思いました。なのはなのような人の繋がりを広げられるようになろうと思いました。

「苦しんだ分だけ、喜びは大きい。自分が傷みと向き合い、乗り越えたとき、それは同じ傷みを持つ人の希望となる」

「苦しんできた体験は、自分を縛る心の傷ではなく、未来へつながる財産となるのです」

なおちゃんが考えてくれた、寸劇の台詞のなかにある言葉です。

私達の傷は絶対に無駄なものではないです。使命があるのだと改めて感じます。

何か大きなこと、立派なことをするということではないと思います。

「たった1人のために」

そうお父さんお母さんが考えてくれて、ツバサが傷と向き合い、越え、そして私達の勇気や力、きっかけになったように、目の前の今の自分の役割や人に誠実に向いたいです。

今、私のまわりにいる人のプラスになれるように自分の心や身体、気持ちをもっと惜しみなく使えるようになりたいです。それは、きっとまだ見ぬ誰かに繋がっています。

お父さん、お母さん、なのはなの大切な仲間からもらったものを、次の人に繋げます。

 

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みんなでクリスマスの特別な夜を過ごしました!

 クリスマス・プレゼントは、お母さんが1人ひとりに選んでくれたシュシュです。グッズ係が中心になって作った、手作りのシュシュをです。

 夕食は、クリスマスメニューで、ヒイラギを添えたチキンライス、喫茶係のみんなが作ってくれたカボチャのパウンドケーキをいただきました。