【山小屋便り新春号】「【照明】たくさんの人の手で生み出された舞台照明」 かに

舞台は総合芸術、といいます。舞台照明は舞台の演者を照らしてお客さんに見せる大切な役割があり、そして感情の機微を、その場面にかなった明るさ、暗さや色で助ける役割もあります。

勝央文化ホール館長の竹内祐三さんと、ホールスタッフとして助けてくださったエスオーエムクリエーションの竹内晃さんがいてくださらなければ、ウィンターコンサートの照明は決して完成しませんでした。お2人はなのはなファミリーの大規模なコンサートを毎年、助けてくださる方々です。

そして館長の竹内さんは、今年から勝央金時太鼓保存会の一員として練習に通っている10名に、毎週、金時太鼓の指導をしてくださっています。

今回の公演は土曜日でした。私達のホール入りは、12月2日の月曜日から。

ホールに入ってからの準備が例年よりも1日分短く、照明の仕込みの作業の時間もとれないことにとても焦る気持ちがありました。

しかし、勝央文化ホールの館長である竹内さんとの打ち合わせの折、本来ならばホールを使うことのできない12月1日の日曜日、夕方から前もって仕込みをさせていただけませんか、とお願いすると、竹内さんは、快く承諾してくださいました。

それだけではありません。夕方18時からの仕込み、という予定だったところを、「朝9時から12時にも作業をできますよ」と言ってくださいました。

その日、私たち照明班は意気揚々と出発して朝から、サスペンションバトンの仕込みをさせていただきました。

そして夜には、舞台を前方へ広げるエプロンの設置、ミラーボールの吊り込み、竹内晃さんからお借りした調光卓の設置など、翌日からの舞台セットに円滑に入るための準備も進めることができました。

■嬉しさ

12月2日の月曜日。まえちゃんたちが用意していたパイプの足場の設置と吊物、舞台背景のセットが無事に完了し、3日の朝9時から11時32分までは、床周りのライトの仕込みと、照明のシュート作業を行ないました。

この日は竹内晃さんがお1人で、シュート棒をあやつり、灯体の向きを調整してくださいました。

ウィンターコンサートで照明を本格的に自分たちでやり始めた当初は、2時間でサスペンションバトンの調整が3分の2しか終わらなかったのですが、今回は2時間半で、舞台を照らす149灯すべての灯体のシュートまでがおよそ済んでしまい、なんだか夢のような心地がしました。

照明は前もってプランを立て、仕込み図も作ってホール入りに臨みますが、実際にホールに行ってから、本当に予定していた位置へ光を当てるには無謀な角度にライトを仕込む予定にしてしまっていたことがわかったりと、予定と現実の齟齬が出てきてしまいます(回数を重ねるごとにそのようなことは減ってきましたが)。

そのような場面が出てきても、そのライトをどうすれば実現できるのか、ということを竹内さんたちが親身になって教えてくださり、考えてくださり、試してくださいました。

竹内晃さんは今回、カッタースポットライトに取り付ける19度のレンズと、私がホールに1枚しかないのに2枚あると勘違いしていた水玉模様のゴボ(ある模様の形にくり抜いたスチール板で、それを通して模様をかたどった光を出すことができる)を、ご自身の会社の備品から持って来てくださり、使わせてくださいました。

ホリゾント幕の中央から外へ向かって放射状に、鏡の破片のような模様が伸びているのも、竹内さんが作られたものです。

これはもとの仕込み図では舞台の外側から中央へ向けて伸ばす予定になっていたものですが、「舞台背景を活かすために中央から出してみよう、チャレンジ、チャレンジ」と笑って、舞台奥と客席の間を何度も走って往復しながら竹内さんが調整してくれたときには、恐れ多いですが私はなんだか、とても楽しいいたずらを一緒に企てているような、わくわくする気持ちになりました。

なのはなのコンサートを深く理解し、なのはなのみんなを大好きでいてくださっている竹内さんたちがライト、音響、舞台のさまざまな部分を気にかけ助けてくださり、ホール入りの間、私はほんとうに嬉しい気持ちでいっぱいでした。

毎晩22時まで、各シーンの明かりの調整をするのを館長の竹内さんが、そっと見守ってくださいました。帰るときには、もし許されるならば何百回でもお礼を言いたかったです。

■たくさんの仲間の存在

今回も、調光卓の操作は永禮さんがしてくださいました。永禮さんは調光卓のフェーダを模したリアルな練習装置を作られ、古吉野での通し稽古を見るために毎回、足を運んでくださいました。永禮さんは大道具や楽器の搬入、搬出にもダンプカーで朝から駆けつけてくださいました。

4時間の公演中のシーンの切り替えは、劇・曲を含めると249ものキューがあり、永禮さんがホール入りしてからも夜遅くまで、私の勝手な我儘をきいて付き合ってくださいました。

演劇と演奏、ダンスと場面の転換の多いなのはなのコンサートでは特にそうだと思うのですが、照明が舞台を進めていくと言っても過言ではなく、照明を操作する人は本番中、一瞬たりとも気を抜くことができません。

今回のコンサートを余すところなく照らし出してお客さんに見ていただくことができたのは、永禮さんがいてくださったからです。

東京で税理士として働いている、卒業生のたかこちゃんも、調光卓オペレートの補佐として、ゲネプロの日の午前に帰って来てくれました。

卒業生のたかこちゃんが駆けつけてくれました

たかこちゃんはなのはなファミリーで過ごしていた頃、調光卓や舞台背景の制作でコンサートを作ってきてくれた人です。たかこちゃんとはメールで連絡を取り合い、お父さんの脚本、照明用台本、古吉野での通し稽古のビデオなどを事前に見てもらいました。

ゲネプロの日、午前十時頃だったでしょうか、調光室に現れたたかこちゃんの表情からは、それまでコンサートを作ってきた私たちと寸分違わぬ空気と意気込みが溢れていました。

いくつもの付箋が貼られ、書き込みのされた照明台本を取り出して確認に臨んでくれたたかこちゃんの、真剣さ、緻密さと緊張感に私は背筋を正してもらいました。たかこちゃんは本番が終わると、風のようにさっそうと帰ってしまいました。

すべての場面において主となる人物を照らし出す、フォローピンスポットライトには、白井さんと、大竹さん、キュー出しのゆかこちゃんがついてくれました。

白井さんはこれまでもピンスポットライトを操作してくださっています。大竹さんは、今回コンサートの3週間以上前からなのはなに帰ってこられ、コンサートに命を吹き込む、ダ・ヴィンチの機械を始めとした小道具を制作してくださいました。そして、ゆかこちゃんと、それぞれの場面でのフォローピンスポットライトの当て方を打ち合わせ、仕込みなども助けてくださいました。

大竹さんも照明チームとして動いてくださいました

ゆかこちゃんが、農協から帰ってから夜に大竹さんと打ち合わせて、ホール入りして以降お休みをとって笑顔でフォローピンスポットライトの確認を押し進めてくれました。

廊下や四年生教室で、二言、三言、確認の会話を交わすとき、ゆかこちゃんが照明に向かう強い責任感と嬉しい気持ちを感じました。

今回、照明班には、けいたろうさん、まりこちゃん、しほちゃん、ななほちゃんが新しく入ってくれました。この照明チームが私は大好きです。

けいたろうさんの落ち着いた優しさ、まりこちゃんの仕事に向かう正確さと速さ、しほちゃんの明るさと気遣い、ななほちゃんが照明の舞台裏を新鮮な驚きと喜びをもって楽しんでくれている笑顔が、いつもありがたく、嬉しかったです。

仕込み1日目の夕方、私が別の作業をしている間に、照明チームのみんなが、館長の竹内さんに教わりながら、舞台の張り出しの設置をしてくれていました。

館長の竹内さんが、「15分で済んでしまった。みんなうちのホールスタッフに欲しいな」と笑っていらっしゃるのが聞こえました。

2019年のウィンターコンサートの照明は、これまでのなのはなファミリーのコンサートの中でも、1番良い照明になったのではないか、と私は思っています。

自分自身、ステージに立っていたため客観的に見るには限界がありますが、舞台背景、衣装、お父さんとお母さんの演出と調和し、そのために今までのウィンターコンサートのなかでも特に、役者や踊り子が引き立ったステージだったのではないかと思っています。

時間が足りず修正しきれなかったところ、本番になって気づいたところもありますが、その反省は次回に活かしたいと思います。

当日の午前11時、100人を超える関係者の集まったレッスンルームで昼食をとりながら、これから始まる本番の舞台へ気持ちを高めながらコメントを回したとき。自分の番がきて、照明の作業が楽しかったことを口にすると、目にこみ上げてくるものがありました。こんなにも照明係が楽しいのは、竹内さんたちがなのはなファミリーを応援して助けてくださるからです。

そして、さまざまなプロのアーティストの方々が絶賛される、勝央文化ホールを、自分たちのホームグラウンドのように思えること。舞台を囲むたくさんのライトや設備を自分たちのものと思って、心を傾けて扱わせてもらえることの面白さ、有り難さ(竹内さんたちにフォローしていただく部分、助けていただくところばかりではありますが)。照明を作り上げる過程を存分に味わうことができたウィンターコンサートの準備期間は、私にとって、とても幸せな時間でした。