「同じ気持ちになって」 のん

1月23日

○お母さんのお誕生日
お母さん、お誕生日おめでとうございます。いつも本当にありがとうございます。去年のウィンターコンサート前は、グッズのことで何度もお母さんのところに押しかけてしまいましたが、その度にお母さんは私の至らなかった考えを教えてくださいました。

ただ可愛いもの、綺麗なものを作ろうとしてしまっていた私に、ウィンターコンサートのロビーに並べるからには、ウィンターコンサートに少しでも関連づける何かを加えることを教えてくださったり、黄金比率や、反対色を使うことなども教えていただきました。あのグッズ作りの時間は、私の宝物です。

そして、なにより、ソフトボールのピッチング練習のことが、忘れられません。ちさちゃんとピッチング練習を始めた頃、ブラッシングという、腰の辺りに腕をこすって投げることで、コントロールを安定させるという技法があると知って、それを身につけたいけれど、今の段階ではブラッシングをしない方がストライクがとれるので、どうしたらいいんだ、という思いがありました。

キャッチャーをしてくれる人は、ストライクを入れていこう、というけれど、今それをしてしまったらブラッシングは身につかなくて、自分としては今はストライクでなくても、ブラッシングを習得したい、という気持ちがありました。その気持ちを分かってくれるのは、一緒に練習を始めたちさちゃんだけで、どうしたらいいのか、という思いがくすぶっていました。

そんなとき、練習で、お母さんがキャッチャーになって受けてくださることになりました。その練習のとき、私はそのくすぶっていた疑問をお母さんに質問しました。そうしたら、お母さんは、どっちがいいのかな、と少し悩んで、ブラッシングを練習したらいいよ、と言ってくださいました。

私はそのお母さんが少し悩んでいる瞬間に、(ああ、お母さんは私と同じところに下りてきて、私と同じ気持ちになって考えてくださっている)と感じました。上から「こうだよ」と押しつけるでもなく、適当に答えるでもなく、真剣に私に向き合って、私の立場になって、同じ目線で答えてもらった、と思いました。

人と向き合うとか、同じ目線でとか、本当の優しさとは、こういうことを言うんだと思いました。上手く言えないけれど、こんな人との接し方というか、繊細な気持ちのシンクロのさせ方、気持ちの汲み方があるんだ、という感じがしたのを覚えています。今も書いているだけでなんでか涙が出てきました。

お母さんが大好きです。お母さんの子どもだって胸を張って言えるような人間になります。お母さんの仲間として役に立てる人間になるように成長します。これからもよろしくお願いします。お誕生日おめでとうございます。

 

 

○はるかちゃん
今日ははるかちゃんの試験の日でもありました。今日は国数英の筆記の試験で、明日が面接だそうです。午後に図書室で勉強していると、試験から帰って来たはるかちゃんが来ました。清々しい笑顔をしてました。

どんな問題が出て、これは大丈夫だった、文章の記述のところがあったけど、少なくても何割はいった、数学ではこんな問題があって、こう解いた、ということをバーッと話してくれました。これは大丈夫だ、と思いました。本人もやりきった、と言っていたし、お風呂でも楽しそうに問題を解いているときのことを話してくれて、思わず、そんなに楽しそうに試験のことを話す人を見たことがない、と言ってしまうくらいでした。明日もこんな風に帰ってきてくれるといいなと思います。