舞台背景物語

なのはなの舞台背景

 

 なのはなファミリーウィンターコンサートで舞台背景は、物語の世界を現実に生みだす夢の世界を作る分野です。
 ダンサーが美しく踊り、役者が活き活きと物語の世界で生きる、そんな背景を作り上げなくてはいけません。
「舞台は、総合芸術です」
 となのはなのお父さんは言います。
 背景だけが美しくてもいけない、たった1つの飾りだけが美しくてもいけない。
 ダンサーが踊り、役者が演じ、バンドが演奏し、照明が当たり、全てが1つになったとき、一番美しくある形。
 そんな背景を作り上げる作業は、一筋縄ではいきません。

 役者や物語が生きる世界を作り上げるために、本番直前まで粘ります。美しさを求めて手を加え続けます。
 本番一瞬のために、緻密な計算をし、作り込みをし、現実に物語の世界を作り上げていく、舞台背景は魅力的です。
 今回のコンサートの舞台背景ができるまでをご紹介します。

 


〈舞台背景のご紹介は舞台背景リーダーで、
なのはなのギタリストである、まえちゃんが担当します〉

 

2019年ウィンターコンサートで生みだす世界


〈舞台背景の縮尺図です〉

 2019年なのはなファミリーウィンターコンサートの背景は、美術館をモチーフにしたパネルと、脚本にも登場したブロンズのボールがのったお城です。
 ホールのバトンに吊るサテンの布は金のボールの頂点で束ねられ、曲線を描き、ドレープをつけて飾りました。
 明石小次郎が営む美術商「センチュリーアート」の入り口にはクリーム色のドアと、ピンク色の額縁、ヒノキの壁と柱。
 サイドのパネルには額縁をつけ、その額縁の中にさらに枠をつくり奥行きをつけました。
 そこからモナリザやサルバトール・ムンディが現れ明石と対話しました。

 コンサートの美術監督であるお母さんが拘ったのは、奥行きでした。
 額縁のパネルのだまし絵の奥行き、センターのドアの奥行き。
 劇のシーンでところどころ登場する絵画や、現在とレオナルド・ダ・ヴィンチが生きる世界を行き来しながら展開する物語、背景につけた奥行きはそんな物語の深みを表現していると私は思いました。
 色はシンプルでした。
 白を基調に金とブルー、そしてアクセントにサテンの布と、中央に存在する額縁も鮮やかなピンク色でした。

 

 

ホール入り2週間前、舞台背景係、いざ出動!


〈舞台背景制作中の、なのはな工房の面々です〉

 

 今年のコンサートで生みだす世界の全貌が見えたのは、脚本が完成した、ホール入り2週間前でした。
 2週間で背景を制作するという短期決戦でした。
 舞台背景はまずイメージ図を実際の縮尺図に起こすところから始まります。
 ステージの寸法、ステージ上に組む足場の寸法を縮尺で書き、そこにイメージした背景を書きこんでいきます。
 その図がホールに作る実際の寸法になるので、この作業がとても大切です。
 全体の縮尺図ができ上がると、イメージしたものが具体的にホールでどう見えるのかが明確になります。
 そこからさらに、一つひとつのパーツを図面に起こしていきます。
 平面のものを立体にするとき、使う素材の厚みや微妙な素材のゆがみなどで誤差が出てきます。
 舞台背景の制作隊長である須原さんがこのような細かい誤差を調整してくださり、イメージに近づけてくださいます。

 

 

歯車の吊り物

 今回のコンサートのモチーフの1つである歯車。
 チラシやポスターにも登場し、レオナルド・ダ・ヴィンチの3つの機械を連想させたり、繊細なバランスで動いている地球や、現代とレオナルド・ダ・ヴィンチの物語が徐々に折り重なり1つになっていく物語の様子など、様々なものの象徴として歯車がありました。
 吊り物はそんな歯車をモチーフにして作りました。
 大、中、小の3つの吊りものです。
 デザインは同じなのですが、大きさが違うため、1つひとつ黄金比が違いました。
 一番小さい歯車は直径90センチです、中くらいのものは1メートル50センチ、大きいものは2メートル20センチです。
 円の中にくりぬく三角形のモチーフの数や、穴の数、中心の円の大きさなど、同じ比率で拡大すると大きくすればするほど誤差が出てしまい、大雑把になり美しくなくなってしまいました。

 そこで、須原さんがイメージ図を見て1つひとつ比率を計算し、調整してくださいました。
 また一番大きな2メートル20センチの吊り物は1枚の板で作ることが不可能なため、数種類のパーツを組み合わせる必要がありました。
 美しい円になるように、須原さんがパーツの角度を緻密に違えて組んで下さいました。

 

 円という形は難しいです。直線的な形を作るのは比較的簡単ですが、曲線のものを作るのは難しいです。けれど曲線は魅力的です。
合理性や利便性を無視し、たただ美しさだけを重視したイメージを、須原さんの知恵と経験と技術が支えてくださっています。
そうして完成した歯車のモチーフはくりぬかれたシルエットまでホリゾント幕に美しく映り込み、存在感のある吊り物になりました。

 

 

ピンク色の額縁

 イメージ図ができ上がり、色味を決めるとき、中央にそびえる額縁の色はピンクにする、とお母さんが言いました。
 ピンク! 今まで使ったことのない新しい色に私はワクワクしました。
 お父さんとお母さんが出張先で買ってきたピンク色のラメパウダーも、着色に使うことになりました。
 濃いピンク色のスプレーをし、外周を薄ピンクで塗りました。濃いピンク色の部分にはラメをふりかけました。
 着色した門を客観的に見てみると、ピンク色がきつく、メルヘンを通り越して少し異色な感じになってしまっていました。これは何かまずい感じがする、そう思った矢先、お父さんから、「これは色味が反対だ! なんでこんな配色にしたんだ!」と雷が……。
 絶望的な気持ちでピンク色の門のまえでたたずんでいると、お父さんが、「しょうがない、このピンクよりも濃い色で縁をつけよう」と助け船をだしてくれました。
 お母さんも、「このラメを少し落としたら落ち着く」と言ってくれました。
 急いで修正しました。私はその額を見るたびに、あぁとんでもない配色にしてしまった、と懺悔の気持ちでした。
 しかし、修正の甲斐もあり、実際にホールに行き設置をしてみると、背景のなかによく落ち着いていました。

 

 バンド衣装もそのピンクから配色のヒントを得て生まれました。
 劇のシーンでジャンとキョウコが美術館へ行くシーンでは、ドガの『舞台の踊り子』や、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』、ミレーの『落ち穂拾い』、マネの『ピッコロを吹く少年』がおさまる額縁になりました。
 そんな波乱万丈な制作秘話があったピンク色の額ですが、意外にも背景に調和し、良いアクセントとなってくれてほっと一安心でした。

 

 

サテンの布

 ブロンズ球を模した飾りに向かって、曲線を描きながらドレープをつけて束ねられるサテンの布。
 ウィンターコンサートで飾るサテンの布の仕込みは、舞台背景の作り込みのなかでも1つの山場になります。
 まず計算で布の角度や長さを出しました。
 計算で出しても、布をたるませる幅やドレープの見え方は目で見て調整しなければ美しくできませんでした。

 角度と長さを出した後は、なのはなの体育館で実際の寸法で高い位置から吊ってみて、ドレープを決めていきました。
 あゆちゃんが見て調整をしてくれました。あゆちゃんは潔くドレープを作り、布の形を決めていきました。
 ホールでの微妙な違いや誤差も考慮し、完成形をイメージしながら仕込んでいきます。

 

 計算で出す数字も絶対的な根拠や保証にはなりえません。最終的には見て美しいか、見た目が大切です。その理論と感覚のバランスで美しい布の形が作られます。
 サテンの布を飾りつけることは難しいけれど、上手くいったとき、図面どおりの形がホールに描かれたとき感動します。
 今回の布も微調整で図面に描かれた形に吊ることができました。

 

 

ダ・ヴィンチの星の飾り

 ステージのあちらこちらにちりばめられていた、レオナルド・ダ・ヴィンチを象徴する星印の飾り。
 段ボールをくりぬき、金、銀、ピンクのホログラムテープを張り作りました。
 この飾りも縮尺図を書き、制作しました。
 黄金比がありました。
 小さな飾り物はこの舞台のデティールになります。
 費用対効果を考えつつ、いかに美しく作るか。取りつけの際にも、1つひとつを厳密に同じ取りつけ方で取りつけなければ、少しのゆがみが目にうるさくなってしまいます。
 そういった細かい部分まで美しく作れたとき、ステージの空間がはっきりとして洗練されていきます。

 

 

額縁のパネル

 額縁のパネルは今回の背景の見どころでした。
 だまし絵のように着色をし、奥行きを感じさせる額縁のパネル。
 物質的な奥行きだけでなく、時代や空間を越える象徴としても感じられ、1つのシーンを見ていてもそのシーンがもっとたくさんの世界に繋がっているような感覚になり、私はそんな奥行きをつけたパネルに魅力を感じました。
 お父さんはこのパネルの魅力は、奥行きがないのにあるように色や絵で見せるから、面白いと教えてくれました。
 鮮やかなブルーと爽やかなスカイブルーのペンキでだまし絵のように奥行きが深く見えるよう、色を塗りました。その縁には金の額縁をつけました。

 金の額縁のデザインが決まるまでにも試行錯誤がありました。
 当初、私は細かく本当の額縁のようなデザインを考えていましたが、実際に着色してみると上手くいきませんでした。
 そこで、お父さんは新たなデザインを考えてくれました。金色に塗ったなかに黒いラインを入れるというもので、シンプルでしたが、一番映えるデザインでした。
 私は半日の労力を使ってみんなが描いてくれた線を泣く泣く金色に塗りつぶし、黒いラインを入れました。
 でき上がった額縁はみちがえるように洗練されていました。
 舞台のデザインの基本はざっくりと大まかに見て奇麗かどうか考え、大胆にデザインした方が良い。ざっくりとが大事、とお父さん、お母さんから教えてもらい、身にしみて理解しました。
 金と黒の黄金コンビがシンプルなデザインになり、額縁のパネルを引き締めるアクセントになりました。

 劇中、明石とモナリザ、サルバトール・ムンディが対話するシーンでは、このパネルの額縁のなかに、モナリザとムンディが登場しました。
 劇のシーンにも効果的に使うことができて嬉しかったです。


〈額の中に『モナリザ』『サルバトール・ムンディ』が現れてダ・ヴィンチのメッセージを語る場面は、コンサート後半の中でも、たいへん印象的なものとなりました〉

 

 

 

 

 

 こうして2019年の舞台背景が生まれました。
 2週間のスリリングな毎日が、この舞台背景を生みだしました。
 この舞台背景の裏側には、数々の奮闘と成功体験があり、1つひとつの飾りに思い入れがあります。
 そんなたくさんの人の気持ちが詰まった背景は、コンサートでダンサーや役者を引き立て、照明の光を受けて、自らも物語の世界を語る背景になりました。
 次なる舞台との出会いにも期待したいです。