「書き初め」 まゆみ

1月3日 まゆみ

明けましておめでとうございます。日記でのご挨拶がかなり遅れてしまい、済みません。

○書き初め

昨日の午前中に、書き初めをさせていただきました。午前中一杯、時間をいただけて、落ち着いた気持ちでできたことが、とても嬉しかったです。
今年の顔真卿の字は、「春天」でした。「春」という字は、草が群がる様子と、髪を結わえた子供、そして太陽の象形を合わせた文字だそうで、「草が日を受けて群がる様子」を表しているそうです。
「天」は、人の頭を強調して表した形からできたそうです。「春天」の場合、「天」は数ヶ月にわたる期間を表すのだとありました。

始めにお父さんが、筆の扱い方や書くときのポイントを教えて下さいました。その時、
「その文字そっくりに書こうとすると、その人の気持ちが分かるようになる」
という事をお話しして下さいました。文字の形だけでなく、スピード感も感じて書くことも教えていただきました。
それから練習に入りました。筆を持つのは本当に久しぶりで、少し緊張しましたが、みんなの静かな空気の中で書いている内に、なんとなく筆と顔見知りぐらいには、なれたような気がしました。

私が一番心に残っているのは、練習で、一番最後に書いた時です。あと数分というときに、私はまだ、見ていただくものができていませんでした。焦るほどではなかったのですが、これが今の時間で最後、という状態でした。

驚いたのは、お父さんに見ていただいた時です。よしえちゃんの声かけで、講評していただく時間になったと気がついたとき、目の前にあるのは、自分が書いたものではない、と思いました。
こんな風に書くのもどうかと思ったのですが、自分の中では、もっと下手にしか書けないと思っていました。元々、習字はあまり得意ではなかったし、去年も上手く書けなくて、リビングや食堂に張られているのが、少し恥ずかしいと感じてしまったからです。(しかし、その気持ちは人の評価を気にしているので、間違っています)

だから、本当に驚きました。どうやって書いたのだろうと思ったのですが、はっきりとした答えは出ませんでした。自分自身も、それを書いていた時間はどうだったかというのは、記憶の中でぼやけていました。
ただ、書いているときは、自分の字を書こうとは思いませんでした。お父さんに教えていただいた事に忠実に、できる限りの仕事をしたいと思いました。

全く完璧にできたという訳ではありませんが、その時間が嬉しかったです。

お父さんに見ていただいてから、再び練習して、清書を書くとき、やはり自分の集中力の無さも実感しました。ふとした瞬間に糸が切れて、入り、止め、払い、線を延ばすときの道中など、おろそかになる部分が所々に出てしまいました。次こそはと思うのですが、いつもどこかでその雑味が出てしまいました。
しかし、それも感じられて良かったと思います。自分の中の迷い、甘さ、欲深さなどの雑味が、目の前に字となって現れ、改めて、このままではいけないと思いました。集中力も、どうすればできるのだろう、ではなくて、集中するんだと思って、気持ちを逃がさない事が大切なのだと思います。

自分の事ばかり書いてしまい、済みません。
今リビングに、みんなの抱負の字が並んでいます。とても気持ちが引き締まるのですが、すぐに忘れてしまわないよう、意識して生活したいと思います。